ハードボイルド四畳半青春恋愛本格ミステリ
異邦の騎士 ♪♪♪♪♪
 「御手洗潔の最初の事件」と言われるエピソード(実際には幼稚園時代の話とかもあるので本当の最初の事件ではないか?)。島田荘司の最高傑作と言われることも多い。

 公園のベンチで目覚めた男の身体はボロボロ、その上記憶喪失らしい。男は石川良子という女に助けられ、同棲を始める。さらに御手洗潔というヘンな占星術師の助けも得て、自分探しを進めるのだが・・・

 いいです。かなりいいです。おそらく私が音符5つ付ける作品はこれくらいになってしまうでしょう。なぜって基本的に私は100点を出さないからです。無論この作品にも不備が無い訳ではありません。無茶といえば無茶な展開、大げさな文体、セリフ・・・しかしその全てが違和感なくまとまり、結局不備と感じさせない仕上がりになっているのです。リアルだけが最上ではないのだ。
 この作品を一言で言うなら「熱い」。もう一言付け加えるなら「もの哀しい」。ミステリ評価にあるまじき考えかもしれませんが、私がこの作品に音符五つをつけたのはトリックや論理性に対する評価からではなく、ほぼこの二つのポイントに共鳴したからなのです。厳然たる本格ミステリという形式をとりながら、熱くてもの哀しい物語を創り上げた、この点を是非評価したい。島田荘司はこの小説のことを「ほとんど私小説」なんて書いているようですが、よくわかる気がします。若さゆえの不安、熱さ、暗さ・・・この作品からそんな気持ちがひしひしと伝わってくるのは、「私小説」ゆえのことなのでしょう。熱くて哀しいなんて、どうもミステリらしくないんですけど、こんなミステリもあるんだ、と目からウロコが落ちる作品がこの『異邦の騎士』です。島田荘司とはこんな小説を書く人なんだ、ミステリをこういうふうに料理できる人なんだ、というのがよく分かる作品でもあります。文庫完全版「異邦の扉の前に立った頃」にもそういった事が書いてありますが、とにかくご一読あれ。
 見所を少々挙げておきましょう。一番の見所といえば御手洗の告白でしょう。御手洗の驚愕の過去が彼自身の口から語られます。その話を聞いて良子は涙まで流すのですから、乞うご期待(笑)!他にも御手洗のカッコよさが際立つシーンが続出。バイクを駆り、人の為に走り回る彼を「らしくない」なんて言う人もいますが、カッコいいです。この作品では御手洗が主役を張っていませんが(出番もそれほど多いわけではない)、それがまたいいんですよね。
 さらにジャズ音楽に関する記述が頻出します。詳しくはJazz of Simasoのコーナーで見ていただければ幸いですが、リターン・トゥ・フォーエヴァー「浪慢の騎士」についてだけはここに書いておきましょう。
 お察しのとおり『異邦の騎士』というタイトル自体がこのアルバムのタイトルナンバーでもある3曲目、「浪漫の騎士」からとったものです。タイトルをもらっただけあって、この作品には全編を通して「浪漫の騎士」が流れているかのような雰囲気が漂っているのです。「浪漫の騎士」は、正にこの物語のテーマソングであり、この音楽と御手洗の姿がオーヴァーラップします。そして、私にとっては「浪漫の騎士」が島荘作品全てのテーマソングであるかのような気すらしています。