JISコードに「亰」があるとは思わなかった
火刑都市 ♪♪♪♪
 島田ワールドの重要人物の一人、中村吉造刑事唯一の主演作品。初期島田作品の中では隠れた名作と言えよう。

 昭和57年12月1日、四谷の放火事件で一人のガードマンが焼死した。捜査一課・中村吉造は、ガードマンの恋人であった女の存在を追うが尻尾を掴み切れなかった。そのうちに第二の放火事件が発生、現場には「東亰」と書かれた謎の貼紙が残されていた・・・

 この作品までに多くの作品で顔を覗かせていた中村刑事が、いよいよ主演として登場します。例えば『寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁』で彼が「去年越後寒川へ行った」と発言したのはこの事件の伏線ですし、『死者が飲む水』で「やっかいなヤマを抱えている」とモーさんに対して漏らしたのは時期的に言ってこの『火刑都市』事件のことと思われます。
 さてこの作品、内容としては島田都市論・江戸論を社会派ミステリの器にはめ込んだものと言ってよいでしょう。島田荘司の都市論・江戸論は後年の著作でより明らかになりますが、この作品にはそのエッセンスが多くこめられています。時折都市論・江戸論が器からはみ出しそうになるのが危ないですが、そもそもこういう素材を社会派と組み合わせるというのがなかなか至難であると思われるので、それも致し方ないことでしょう。いや、それを思えばやはり島田氏の筆力は素晴しいものと言えます。その上この作品には、地方出身東京人の悲哀や都市生活者の孤独、田舎の閉鎖性(これらは都市論の一要素とも考えられます)といった人間達の営みから、密室放火、謎の貼紙などといったミステリ的小道具までとりそろえてあります。これらが絡み合って『火刑都市』を形作っているというわけです。本来なら混沌としてもおかしくないこれらの道具を綺麗にまとめてしまうところが凄い。とかく島田社会派と言えば『奇想、天を動かす』が一番となってしまいますが、難しいテーマを扱い、上手に、さらに情感豊かにまとめ上げたという点で『火刑都市』もいいセンいってる、と私は思います。ただ、トリックがやはり弱く、「本格との融合」という点においては『奇想、天を動かす』が一歩リードですが。
 しかし中村刑事が熱いじゃないですか。『奇想』では江戸論をしっかり披露してくれますが、案外あそこまで研究を進めた理由はこの事件からなのかもしれませんな。ヒロインも熱い。新保博久氏は、彼女に匹敵する女性キャラは「石川良子(『異邦の騎士』ヒロイン)くらいしかいない」とまで言っています。(いささか大袈裟と思いますが)
 ところで、『火刑都市』と『死者が飲む水』『寝台特急「はやぶさ」1/60の壁』を併せて、私はこっそり「刑事三部作」と呼んでいます。この三作、三人の刑事の個性が見事に出た三作じゃあないですか!