浪漫の騎士
ROMANTIC WARRIOR
リターン・トゥ・フォーエヴァー
RETURN TO FOREVER
『異邦の騎士』に登場
 こいつのおかげでジャズを聞き始めたという作品。秋月ジャンのミーハーっぷりを示す記念碑的名盤です。はは。
 さて、私のミーハーは置いといてですね、このアルバムの解説を進めましょう。
 「浪漫の騎士」を語るに当たって外せないのは、『異邦の騎士』との関係。「浪漫の騎士」が『異邦の騎士』作中でエッセンス的役割を果たしているということは愛読者なら周知のことと思われますが、そもそも『異邦の騎士』という小説のタイトル自体このアルバムのタイトルをもじったもの。つまりこのアルバムは『異邦の騎士』のテーマソングでもあると言えるわけです。もちろんタイトルだけではなくて内容からも私はそれを確信しています。
 リターン・トゥ・フォーエヴァー(以下RTF)というのは、チック・コリアというミュージシャンを中心にして結成された70年代を代表するフュージョン・バンドです。メンバー入れ替えも何度かあり(ポップスやロックのバンドとは異なり、ジャズ・バンドの世界ではよくあることです)、この「浪漫の騎士」の時のメンバーは、チック・コリア(ピアノ)、スタンリー・クラーク(ベース)、アル・ディメオラ(ギター)、レニー・ホワイト(ドラム)。アル・ディメオラなどは島田ファンには馴染みのある名ですね。また、チック・コリアは島田ファンの必須科目といってもよいミュージシャン。彼のテクや、創作姿勢、ロマンティシズムに若き日の島田荘司は胸を踊らせたようです。第二期RTFと言われる彼らは最強メンバーとの呼び声も高く、この「浪漫の騎士」はRTFの最高傑作とも言われます。
 このアルバムについては文庫完全版「異邦の扉の前に立った頃」と「改訂完全版のための後書き」に詳しいのですが、島田氏は特に3曲目に思い入れがあるようです。そしてこの3曲目「浪漫の騎士」こそ、『異邦の騎士』のテーマソングにふさわしい一曲なのです。
 まず、『異邦』にある通り「浪漫の騎士」という曲はアルバム中唯一のアコースティック・ナンバーです(電気楽器をほとんど使用していない)。それなのに、島田荘司いわく「ロック・ビートあふれる激しい曲」「たとえ天井までマーシャルのアンプを積みあげ、電気楽器をフルヴォリウムにしても決して出せない効果を見事に上げている」なのです。
 通常ロックンロールを感じさせるような激しい曲は電気楽器をガンガン用いるものです。また、RTFが活躍した1970年代というのはロックの全盛期かつ、メタルが萌芽しつつあった時代でした。ジャズのピークは1960年代だったのです。時の流れは無情です。アコースティック・ジャズは少しずつ時代遅れとなり、ジャズと電気楽器が接近、フュージョンという新たな音楽も脈動し始めました。その先頭に立っていたとも言えるRTFがアコースティックピアノ・アコースティックベース・アコースティックギターとドラムという時代遅れの武器を手にとり、電気楽器が奏でるべき魂を見事に体現したわけです。タイトルは「浪漫の騎士(Romantic Warrior)」。時代の風に逆らい、無謀とも思える闘いに一人挑む浪漫の騎士。後半、チックのピアノ・ソロは騎士の疾走を思わせ、それはバイクを駆って夜の街を疾走する御手洗の姿とオーヴァーラップします。是非、文庫完全版『異邦の騎士』440ページをご覧くださいませ。
 そしてこの浪漫の騎士の闘いは、島田作品全てを飾る音色でもある、と私は思うわけです。常に闘い続ける島田キャラたちは、皆、浪漫の騎士の調べが良く似合います。もちろん島田荘司自身にもこの曲はよく似合います。社会派全盛の時代に、本格という時代遅れの武器をとり独り闘い続けたのは、他でもない島田荘司その人なのですから。
 余談になりますが、世界で最も有名なRomantic Warriorって誰でしょう?ドンキホーテだと思いません?島田荘司の作品の中にもドンキホーテの名は出てきましたが(「ある騎士の物語」)、そういう意味も込めて、ここは「馬車道のドンキホーテ」なんですね。馬車道とはいっても、それは御手洗だけを指すわけではなく、石岡君も、吉敷も、みんな浪漫の騎士なのではないかな、なんて思います。