通天閣というシンボルタワーが、大阪にはある。少し前にやっていたNHKの連続ドラマで有名になったから、大阪の人間でなくても名前を知っている人は多いだろうと思う。
 だが、そこで「干支の引き継ぎ」なるイベントが毎年末に行われているということは、ひょっとしたらあまり有名ではないかも知れない。
 「干支の引き継ぎ」といっても、それは堅苦しい儀式などではない。年末、その年の干支である動物と、翌年の干支にあたっている動物を通天閣に連れてくるというだけの、言ってみれば他愛もないイベントだ。例えば子年の年末なら、ネズミと仔牛を通天閣に連れてきて引き継ぎ式を行う。テレビのローカルニュースなどで毎年流れるそれを見て、浪速っ子達は心を和ませ、年末の訪れを知るのである。

 だが、例えば、漢達がそれをやったらどうなるか?
 ・・・もちろん答えは決まっている。

 食うだけだ。

1.
 2002年12月31日。私は例年通り、うまい神邸へと足を踏み入れた。時間は19時頃。他の参加者達は既にテーブルを囲んでいる。今年の参加者は去年と変わっていない。うまい神、うまい王、メンタイC、えびH、魔人J、ペペF、そして私だ。残るやさいサラダDは遅れて参加するということだった。王によると、Dは信長の野望オンラインとかいうゲームのモニターに選ばれ、そのゲームを狂ったようにプレイしているため、到着が遅れるのだという。

 テーブルには大きなホットプレートがスタンバイされていた。私から見て奥の方には野菜が大きく盛られたザルが置いてあり、その手前に謎の肉どもが置いてある。
 見たことのある肉も置いてあった。鶏肉だろう。だが、その横の皿に、白い塊が盛ってあるのがなんとも言えず不思議だった。ぶよぶよした質感に見える。と、なると、あれが・・・私は聞いた。
 「それ?」
 ペペFが元気よく答える。
 「これ!脳みそ」
 そう、それは仔羊の脳味噌だった。これでもかと皿に盛ってあるそれらは、正に脳としか言い様がない。脳過ぎる。白く、皺が寄っており、突けばぷるぷると震えるような感じに見えた。見れば見るほど、けだるさが身体中に満ちる。
 我々が来年の干支を迎えるとは、つまりこういうことだ。

脳である。どう見たって山盛りの脳だ。


 ところで、今年・2002年の干支である午はどうしたのだという疑問もおありだろうと思う。我々の事前の打ち合わせでは、馬肉を買い入れるなどという話は無かった。馬肉を食っても面白くもなんともないので、話にも上らなかったのだ。
 だが、それとは別にある肉を買ってあった。もちろんそれらは既に皿の上に盛られ、赤黒い姿を晒している。今年は確かに午年だったが、干支メーク委員会というのがこの国にあったなら、文句なく今年の干支に選ばれていたであろう動物の肉が。
 夏、多摩川。静かに現れ、我々の心にそっと棲みついたあの愛らしい生き物。
 ・・・タマちゃん。
 日本人にとって今年はアザラシ年ではなかっただろうか。
 我々は、アザラシも食う。

 まだある。それらと一緒にラクダのこぶも用意されていた。あの、眠そうな眼をして砂漠を歩いている耐久性の強い生き物のこぶだ。こうなるともう干支など関係ない状態になっているが、食ってみたかったんだからしょうがない。ラクダのこぶなど食わなくても生きていけるが、食わないまま寿命を迎えてしまうのも悔しすぎる。だから漢達はラクダも食う。

 他にも食材はいろいろと用意されていたが、それらは特に書き立てるほどのものでもないから、詳しくは紹介しない。

今回用意された食材の一部。奥の皿に肉類が載っている。黒いものがアザラシ肉である。ホットプレートの前にある小皿に入っているのが仔羊の脳味噌だが、これだけ小さい画像でも非常なイヤン感が感じられる。手前の大皿は野菜類。ラクダは畳の上にまとめておいてあるから、この写真には写っていない。

2.
 激しく熱せられたプレートに、仔羊の脳味噌がまずぶちまけられる。じゅっと気味のいい音が響いたその瞬間、うまい王がなぜか「エキノコックス!」と叫んだ。気味のよかった部屋はあっという間に気味悪くなる。プレートの上を見ると、脳漿がこれでもかというほどに拡がっている。白い塊が心なしか小刻みに震えているような気もした。部屋に入ってきた時に見たビジュアルが、脳裏にくっきりと蘇る。B級ホラー映画よりももっとマズい異様なテンションの中で、とにかく会は始まった。

ホットプレートの上に載った脳味噌。これからこれを食うんだなぁとしみじみ考えさせる切ない瞬間であった。ただし、この時点で匂いは頗る良かった。周りに散っているのは風味付けのためのニンニクスライスである。やるからには意地でもおいしくいただく、というのが我々のスタンスだ。

 だが、基本的に脳味噌というのは旨いものだと思う。柔らかくて、魚の白子のような味がするはずだ。しかも、私が来る前に軽く下ごしらえしておいたというのだから尚更だ。うまい神が中心になって、脳を包んでいる膜のようなものを取り、バラバラにして軽くボイルしたのだという。ありがたいことだったが、うまい神が必死で脳味噌の膜を取り去っている姿を想像したら、かなり悲しくなった。

調理前の若々しい脳味噌達。もうなんか、ちょっとしたホラー写真になっている。

うまい神の悲しい写真。


 下ごしらえされた脳に、順調に火が通っていく。他にもどかどかと食材が放り込まれて行く。細切れにされたアザラシも放り込む。黒くてころころしたそれは、プレートの上で明らかに異質だ。うまい神によると、これも最初は酷かったらしい。血だらけでとても食えそうにないのだ。真っ黒な肉からは止めどなく血が滴り落ち、洗っても洗っても流れる水は真っ赤なのだという。それでもアザラシを洗い続けたうまい神は、なんとか食える状態にまで肉を洗浄した。やはりありがたいことだったが、「血、血が!血が!」などうわ言のように呟きつつ、必死で肉を洗っているうまい神の姿を想像したら、もちろん悲しくなった。

アザラシ肉ははじめパックに詰められており、それを開封し、まな板にぶちまけた直後の写真。赤黒く血に塗れたその姿は、肉の中の肉という形容が相応しい。

水を張った皿に浸かったアザラシ肉。水の色が最悪である。この時うまい神は「血が、血が落ちないィ」とでも言いながら横で一生懸命手を洗っていたのだろう。

皿に盛られたアザラシ肉。さんざん洗ったはずなのに、まだ出血している。元気いっぱいだ。


 ラクダのこぶも投入された。が、この投入の仕方は大きく間違っていたと言わざるを得ない。
 ラクダのこぶとは何のためにあるものか、御存知だろうか?実はあの中には栄養が詰まっているのである。彼らラクダが、砂漠という過酷な環境の中でほとんど水も飲まず、食物も摂らずに長期間歩き続けられるのは、あのこぶのおかげなのである。こぶの中に詰まった栄養を少しずつ消費しながら、身体を維持しているというわけだ。しかしである。
 こぶに詰まった栄養。聞こえはいいが、要するに、大半が脂なのだ。貴重な栄養素がたくさん含まれているのかも知れないが、少なくとも人間が食った場合、脂以外の味はしない。
 そんなラクダこぶが、ちょうど握りこぶしくらいの大きさにカットされて準備してあった。色はピンクがかった白。そのものズバリ、脂身を想像してもらえれば分かりやすい。合計の重量は約1kgあった。これ以下の単位では売ってくれなかったからだ。

ラクダのこぶ。・・・いや、こぶと言うか・・・脂身・・・

 しかも、ペペFがまたやった。その脂の塊を、そのままごろりとプレートに乗せたのである。

ペペがやった直後の写真。上方に写っているのがラクダこぶ。・・・ああ。
下方の白いものは茄子だ。茄子は油をよく吸う。こぶから出た油で見る見る変色する様は、食事と言うよりファンタジーであった。

 「ちょっと待て!」
 方々からツッコミが入る。しかし後の祭りだった。脂の塊は少しずつ焼けてゆく。それに従って、大量の脂がホットプレートに満ちてきていた。かくしてホットプレート上は、各種の野菜、仔羊の脳味噌、アザラシ、ラクダのこぶなどが混ざりあって焼けるカオスの場となった。

3.
 いよいよ食す。最初に投入された脳を口に運ぶ。思った通り白子の食感だったが、味が全くしない。無味の白子だ。だが、タレに付けて食うとそこそこいけた。ちなみに、焼き上がった脳味噌は、見た目が鶏肉とよく似ている。この時も騙された人間が何人かいた。もしも仔羊の脳味噌が苦手な人がいたら、鶏肉であると騙して食べさせるのがよいでしょう。
 うまい神はカレーパウダーを付けて食べていた。その威力は、漢達の中で知らぬ者は誰もない。どんなものでも食べられるように変化させてしまう魔法の粉。これをかけると、脳は非常にうまくなる。
 アザラシは固かった。味は血腥く、固い肉を噛めば噛む程、血の味が口の中に拡がる気すらした。皿にも血が滲み、隣に並んでいた鶏肉を真っ赤に染めていた。肉を提供してくれた鶏さんも、解体されてまでこんな目に遭うなどとは全く思っていなかったことだろう。更に、各自の割り箸も真っ赤に染まっている。少なくとも、食卓に乗る箸の色ではない。大体、食事のレポートに血腥いという単語を打ち込まなければいけないこと自体が何か変だ。

カオス状態のホットプレート。中央より少し上に見えている塊が最初に投入されたラクダこぶ。こういう焼き方をしてはいけないと精一杯主張しているような、悲しい焼け焦げ方をしている。しかも、この状態で芯は全くの生。他にも茄子、ラクダこぶスライス、脳、アザラシなどが入り乱れている。
右上に見えるのはなぜか我々の会には欠かせない存在となってしまっているキウイ。いい加減、縁を切りたいものである。今回、よく焼いてアツアツのまま食うと、ホットレモネードに非常に近い味になるということが発見された。固形のホットレモネードとはどんなものか知りたい人は試して欲しい。
右下に見えている白いキャップが毒の小瓶。


 ここでスペシャルな調味料に触れておこう。我々はこれらの肉を、市販の焼肉のタレにつけて食っていたのだが、ある調味料をタレに混ぜるという提案がなされたのだ。
 「狂犬の復讐(Mad Dog's Revenge)」。それがその調味料の名だ。アメリカ製で、食品に辛みを加えるタバスコのような液体である。だが、名前が既に危ない。しかも、その小瓶には「NOT A FOOD ITEM」ときっちりただし書きがあった。なら薬品なのか?違う。つまりは調味料であるにも関わらず「これは調味料ではなく薬品。調味料として使ってもいいけどどうなっても知らないもんね〜」・・・と主張しているという少々卑怯臭い品なのだ。一体どれほど辛いのか。実に興味深かったが・・・興味を抱いたのは間違いであったと、我々はすぐ気付くことになる。
 受動的チャレンジャー・メンタイCが早速舐める。しばしの間。そして、げえっというような声を出したかと思うと、Cは突然もがき苦しみだした。周囲の人間が嘘だろという眼でCを見る。それじゃ毒同然じゃないか。いつか火サスで見たシーンだ。
 私もどれほど辛いのか確かめてみることにする。のたうつCを横目に、ほんの少し、ほんの少しだけを指にとって舐める。
 毒だった。
 喉の奥に何かが突き上げてくる。顔面の温度は上昇し、汗が噴き出る。と、思うと私は激しく咳き込んでいた。
 「なんじゃこりゃ!」
 千切れそうな声でそう叫んだ。側になぜか置いてあったダイエットドクターペッパー(輸入品)をぐいと喉へ流し込む。喉を癒す効果はほとんどない。それどころか、ドクターペッパー特有の嫌味なフレーバーすらまるで感じないのだ。こんなことがあっていいのか。
 「辛さ」という感覚がある。辛いスープを飲んだ時など、肉や塩コショウの味とは別に残る、熱い、痛い感覚である。あの感覚をそのまま液状にして濃縮すれば、「狂犬の復讐」になると思ってもらえればよい。舐めても味がない。熱く、痛いだけである。アメリカ人、なんちゅうものを作りやがる。
 辛さに単位があるというのも初めて知った。スコビルというのだそうである。普通のタバスコで、その辛さは2500スコビルである。対して「狂犬の復讐」は何スコビルか。
 ・・・100万スコビルだった。わけの分からない数値と言うより他にあるまい。駄菓子屋へ五千ドル紙幣を持って買い物に行くような意味不明さだ。普通の辛さより3ケタも上の辛さが、この世になぜ必要なのだろうか。
 最初に100万スコビルの毒牙にかかったメンタイCは、さらに、「狂犬の復讐」がついたままの手で眼をこすってしまうという暴挙に出た。もちろんわざとではない。そんなことをわざとやる人間がいたとしたら、ほんまもののアホだ。苦しんで洗面所へ駆け込み、眼を洗ってきたCの目蓋はぷっくりと腫れていた。
 私は気付いた。つまり、100万スコビルはもはや、辛さで人を苦しめるだけの数値ではないということだ。この100万スコビルという数値は、何か闇社会と繋がりのある数値なんだ。きっとそうだ。
 とにかく、このスコビルという単位は、我々の脳裏に深く刻み込まれた。今後辛いものを食べたら、これは幾々スコビルだな、とつい判定してしまうことだろう。何しろ我々はこの日、100万スコビルまでの辛さ判定能力を獲得したのだから。

 この「狂犬の復讐」の登場で、部屋のテンションは急降下した。無理もない。部屋にある味覚がほぼ全て破壊されたのだ。ほとんど全員がこれを焼肉のタレに混合していたのだが、辛さの余り何の味もわからなくなっていた。あるのはただ、辛さだけだった。時々うっといううめき声が聞こえる。そんな中、うまい神だけが「まだ人生から味覚を失いたくない」と言って「狂犬の復讐」を使っていなかったから、楽しそうだった。やっぱりうまい神である。
 だが今日この日、神にも弱点が一つできたのだからよしとしよう。
 うまい神は、スコビル判定能力において、他の漢達に劣ることになったからだ。

救いの神、ダイエットドクターペッパー(輸入品)。普通のドクターペッパーよりも飲みやすく、初心者向けと言える。写真に写っているこの缶は、スコビル地獄の中で孤軍奮闘したり、ペペFが家からくすねてきたサントリーウイスキー「インペリアル」と混合されて飲まれたりした激動の生涯だった。ちなみに「インペリアル」・ダイエットドクターペッパー割りの味は、桐タンスそっくりである。ご注意を。
インカコーラ。ダイエットドクターペッパーと同時に用意されたよく分からん飲み物。色は黄色がかった緑で、オロナミンCとよく似た味なのだそうだ。

4.
 辛さの地獄も何とか落ち着き、食事は進んでいた。脳味噌はそれなりに好評で、ほとんど食い尽くされていた。対してアザラシは全く進まない。と言うか、ホットプレートに乗ってすらいなかった。黒いころころしたものが皿の上に残っている。こそげ取られたプレートの焦げカスどもと、ほとんど区別がつかない。
 大体アザラシは焼けにくいのだ。それでなくとも黒いから、焼け具合がなかなか掴めない。しかもあまりおいしくない。これらは後ほどまとめて食うということになった。皿の上でカレーパウダーを嫌というほどまぶして、血腥さを中和しておく。
 ラクダは塊で置くのはマズイだろうということになり、ペペFが薄くスライスして次々とプレートに乗せてゆくという風になっていた。こうすると、焼けるのも早いし食べやすい。よく焼くと、ホルモン焼きのようになってそこそこ旨い。しかし、あくまでホルモンの「よう」なだけで、脂は脂である。すき焼きに脂身が入るが、あれの味にワイルドさを加えたものがラクダのこぶだと思ってもらえればよい。

こぶ。スライスしたことで火の通りやすく、食いやすい脂になった。

 ラクダの食い方は定まったが、一つ問題があった。最初に乗った塊が、まだプレートの上で脂をじゅくじゅくと滲ませていたのだ。これはやはり、大きすぎてとても食べられない・・・はずだったが。
 ここで出てきたのはやはり魔人だった。去年、ほぼ焼いていない豚足を豪快に齧ったJである。素早く皿に塊を取ると、やはり豪快にかぶりつく。

 ・・・ミシッ

 待っていたのは去年と変わりのない展開だった。肉(脂)の裂ける音が響く。やはり中まで火が通っていなかった。Jはやっとの思いで少し齧りとったが、鉄板に残りを戻して焼き直していた。ミシ音も、やはり毎年恒例になってしまうのだろうか。
 ちなみにこの塊は、その後みんなが談笑している隙に、いつの間にかJがきちんと食い切ってしまっていた。脂の塊なのに・・・やはり魔人。

さらに進んだホットプレート。始めの方は緑の鮮やかさがまだ救いだったが、最早全体的に澱んだ色になってしまっている。そこかしこに散っている白い円盤は、ペペFとえびHが手作りしたナンである。ホットプレートに載せるものかどうか微妙な線だったが、味はよかった。唯一残った中央の孤独な緑はキウイではなくアボガド。漢達の食う緑色にはろくなものがない。アボガドの左下の黒いやつはアザラシ、その下は脳。中央上寄りにラクダこぶ塊が焼けているが、先ほどより少し小さいことにお気付きだろうか。Jが齧った跡である。
少々見にくいが、箸の赤さにも注目してもらいたい。

5.
 用意された肉類はあらかた食い切ってしまった。ここで小休止となる。うまい神とメンタイCは部屋で片づけをし、残りの人間は近所のコンビニまで買い出しに出かける。
 そうこうしているうちに2003年が明けた。帰ってきた我々に対しうまい神が、また洗い物をしながら年が明けたとぼやいている。どうもうまい神は何かを洗いながら年を越すことが多いようだ。これも運命だろう。

 その後はホットプレートを使って、楽しくいろいろなものを焼いた。
 まず最初に出てきたのがプルーンである。とりあえず焼いてみようと出てきたのだが、止める間もなく、えびHが袋の中のプルーンを全部プレートにぶちまけてしまう。なぜだ。
 私はプルーンはあまり好きではないので、いくつか食してやめておいたが、嫌いではない人たちはむしゃむしゃと食べまくっていた。
 続いてプレートに乗ったのは、あな懐かしや、あのうまい棒である!うまい神が焼いて食べようと思っていくつか買ってきたのだという。もちろん800本とかいう量ではない。5、6本である。味はチーズ味とコンポタ味。うまい神の言う通りに焼いて食ったが、かなり旨かった。皆さんもお試しあれ。
 ちなみにペペFも食っていたが、チーズ味だけ食い、コンポタ味に手を出すことは決してなかった。

うまい棒とプルーンが焼けている、たのしいホットプレート。なんのかんのと言っても「食える」プレートである。過去数年と比べても、かつてないほどの優しい展開だ。


 やがてやさいサラダDが到着し、買い入れてあった「もんじゃ焼きの素」をホットプレートに流し、アザラシを加えてよく焼いて食うということもやった。見た目はとても切ないものだったが、これはかなり旨かった。

もんじゃ。アザラシが効いていてかなり旨い。アザラシもこれで本望だろう。


 そんな風にしていたら、やがて食材も尽きた。その後はおしゃべりなどをしてまったりと過ごした。かつてないほどの穏やかな展開だ。もう5年目。我々も丸くなったのかも知れない。
 だが、我々の考え方は、決して変わることはない。クリエイティブな食事をするのだ。ラクダのこぶからしみ出た脂が、仔羊の脳味噌とアザラシを浸し、味のシンフォニーを奏でる。草原で、海で、砂漠で育ち、本来なら決して交わることのない動物達が、ここ極東日本のホットプレート上で仲良く焼けたのだ。今回はそんなクリエイトを成した。

 (これでよかったかい?)

 語りかけるように、私は思う。

 (まあまあだったぜ。)

 約800g残ったラクダのこぶが、にやりと笑ったように見えた。


Bonus Track
うまい王とペペFの対決
 実は、もんじゃを焼いた後に、うまい王とペペFがある対決をした。想像を絶する死闘であった。その時の様子をこれから記述する。うまい棒の時と同様、この特殊な状況の人間の記録は、貴重な資料となることであろう。

 その対決とは「ホットケーキを作る対決」である。
 今さらホットケーキを作るだって、と思われるだろうか?当然、ホットケーキを普通に作る対決ではないのである。ペペFがそんなメリもハリもないことをやるはずがないではないか。
 それは「ホットケーキの材料をそのまんま食い切る」という早食い対決であった。胃の中で、あとは焼くだけ、みたいなホットケーキが完成するというわけである。(もちろん吐き出して焼き直すというような悪趣味なことはしない。当たり前)

 ペペFがなぜこんなことを思い付いたのかよく分からない。最初は全員にやらせる積もりだったようだ。だが、私も含めて全員がきっぱり拒否した。あまりにも意味不明過ぎる。我々は確かにレミングだが、わけの分からないまま海の底を目指すのは、ちょっと困る。
 だが、ここで立ち上がったのがうまい王である。例のごとく、このまま尻すぼみに計画が消滅してしまうのが堪えられなかったのだろう。結局、ホットケーキの材料早食い対決は、宿命のライバルとも言えるペペFと王の一騎討ちということになった。

 ホットケーキの材料。こいつを腹の中に素で流し込む。なぜそうなるのかはやっぱり分からないが、とにかく、市販のホットケーキの粉と生卵と牛乳が二人の眼前に置かれた。肉を食っている時点で牛乳を大量に買ってあるのが気にはなっていたが、ペペFはこれをやる積もりだったのだ。
 とにかく袋を切った。早食い競争であるから、同時に食いはじめるのだ。袋を口の上で傾け、レディゴーの声と共に粉を流し込む・・・かと思ったら、いきなり粉が散った。
 ペペFだ。Fが開始と同時に粉を噴いたのだ。一体、何故!?
 「だって、おもしろかったんだもん・・・」
 力なくペペFが釈明する。あろうことか、うまい王がどかどかと粉を流し入れる様が面白かったから、思わず粉を噴き出したというのだ。
 ・・・あんた、正にそれをやりたかったんじゃないのか!?それなのに自分でウケてどうするんだ!
 容赦ないツッコミが周囲から飛ぶ。ペペFはますます小さくなって、何かぶつぶつ言っている。その顔はもちろん粉で真っ白だ。額のTゾーンというやつを中心に粉をふいている。かけているメガネも真っ白である。
 テレビ番組などで時折、粉で顔を真っ白にした芸人が映ることがある。あの粉の付け方は笑いの高等技術であり、素人には決して真似出来ないんだろうな、などと私は密かに思っていた。だが私は、その考えを金輪際捨てる。顔面粉まみれは素人にもできる。ホットケーキの粉を口に流し込みながらちょっと笑えば、それでオーケイだ。嘘だと思うなら実際に試せばすぐ分かる。

 真っ白になったFだったが、とにかく気を取り直し、腹の中でホットケーキのタネを作成し始めた。粉を流し込む。生卵を割り、そのまま口の中に入れる。牛乳を飲む。うまい王も同じようにやっている。
 だが、辛いのはこれからだったのだ。
 二人に与えられた粉が問題だったのだ。粉の量は一袋(3〜4人前)。重量は300gであった。ペペFのことだから、もうお分かりだろう。これを全部食わねばいけないというのである。300gである。ファミリーレストランで一番でかいステーキでもそんなに重くない。それを全部、というのだ。自分で企画したイベントである。ペペFはよほど自信があるのだろうか?全部食い切れるというのだろうか?
 ・・・この問いに対する答えも、よくお分かりだと思う。

 先を続けよう。
 最初のうち、二人は順調に食い進めていった。だが、やはり途中から非常に辛そうな素振りを見せ始めた。二人の動きが鈍っているのだ。粉はやはり強敵のようだ。ペペFなど酷い。時折、呼吸に合わせて粉がしゅっしゅっと噴き出てくる。眼は空ろだ。
 そこで魔人Jが、メガネをかけて粉を噴いているFに向かって、不思議なことを言う。
 「F、新手のケント・デリカットみたいやなぁ」
 そこでFは倒れて、盛大に粉を噴き始めた。この世に粉を噴き出すためだけの機械があるとすれば、それに負けないくらいの噴きっぷりであった。
 「いらんことを言うな・・・」
 Fは無念そうに、さらに白くなった顔を上げた。それにしてもJの一言は絶妙だった。ケント・デリカットはまだいいとして、新手って何だ、新手って。
 この時のうまい王はというと、やはり噴くのを堪えていたようだった。実はうまい王は、ここまで一度も粉を吹いていなかったのである。
 ここで、全員でうまい王を吹かせるという目標が決まった。いろいろな言葉をかけ、なんとか粉を噴かせようと全員で苦闘したが、やがて王は、やはり魔人Jの発した「月亭八光」という名で陥落し、顔中を粉だらけにした。
 しかし、口に含んでいるものを噴かせるために苦労するなんて小学校の給食時間以来だ。そもそも早食い競争だったはずなのに、目的が大きくずれ始めている。

 だが、こんなのどかな風景の中に、異常は潜んでいた。二人は粉を噴き続けているのだ。呼吸をすれば、呼気とともに少しづつ粉が漏れてくる。
 粉というのは、口の中に入れると唾液と混じってペースト状になるはずなのだ。だから、一度口に粉を入れると、多少噴くことはあれ、いつまでも噴き続けるということは有り得ないはずなのだ。だが二人が粉ばかり噴いているということは、口中の唾液がほとんど尽きていることを意味している。これは大変なことだ。二人の動きが鈍り始めたのもここに理由がある。どんな様子かというと、うまい王はテーブルに肘をついたまま口の中で舌を激しく動かしており、ペペFに至っては、先ほども述べた通り、空ろな眼で前方の空間を眺めながら、時々しゅっしゅっと粉を噴いているだけといった具合だ。
 二人は「唾液待ち」の状態に入っていた。牛乳で流し込むにしても、そればかりではすぐに腹が膨れてしまう。粉を食べ続けると、唾液待ちという時間が必要になるのだ。王は舌を動かしながら、Fは一切動かず時間を経過させて、唾液を待っている。凄絶な光景だった。
 そう、満腹感も二人にとって強敵だった。ただでさえ粉ばかり300gもある。しかも始末の悪いことに、ホットケーキの粉の大部分は「重曹」であった。こいつは腹の中で膨れる。正に満腹になるのである。
 同様に、口の中も酷い状態になっているようだった。粉を入れ、しばらく咀嚼していると、いわゆる「ダマになる」という状態で粉が暴れる。それらがぷつぷつと上顎に貼り付き、非常に不愉快らしい。
 さらに、ここで味のことにも触れておこう。市販のホットケーキの粉をちょっとだけ舐めてみるという経験は、誰しも一度くらいやっていると思う。どんな味だっただろうか?ほのかに甘かったと思うのだが、いかがだろう?
 だが、二人の言い分は違った。「からい」とか「にがい」とか言うのだ。
 辛い!なんということだろう!ホットケーキの粉の味は、実は辛いのだ!少し舐めてみるだけでは分からない真実が、ここにあった。私も後で少しだけ、粉を口に流し込んでみたが、実際甘くはなかった。無論、甘味はあったが、それより酸味の方が遥かに勝っていた。こんなものを生で食い続けるなどということは地獄の苦しみである。恐らくこれは重曹の味で、その酸味が多く食う内に辛味へと変わり、さらに苦味へと展開してゆくと思われる。誰も気付かなかった味の三段論法だ。これを卵・牛乳と混ぜて焼くと、とっても甘いホットケーキが出来上がるのだから、世の中分からない。重曹恐るべしである。

 いよいよ対決は佳境に入った。ペペFが明らかに死にかけている。腹がいっぱいとか、苦いとか、白い顔でぶつぶつと呟いている。それに対してうまい王の方は、やはり辛そうではあるものの、どうやら本気で全て食い切る積もりらしかった。

 ぱらり、ぱらりと粉が王の口へと入ってゆく。そして王は、300gを食い切った!勝利後の第一声はこうであった。
 「うまい王の名は、そう簡単には渡せんからな」
 いつの間に第二代うまい王決定戦になっていたのかは知らないが、その時の王は間違いなく格好良かった。

 敗者のペペFは、白い粉にまみれ力尽きていた。もちろん、袋の中の粉は半分近く残っている。自分で言って、自分で散る。これがFの生き様なのだろう。これはこれで格好良い。しかし、しばらく頭からとれていた「ヘタレ」という冠を、Fは再びかぶる時が来たのかもしれない。

▼うまい王決定戦(時間無制限一本勝負)
うまい王 (1時間30分、重曹固め) ヘタレ・コンポタ・ペペF
※初代王が初防衛に成功。


Bonus TrackのBonus Track
 全てが終わり、私とJとうまい神は別室で、うまい神愛蔵のFM-TOWNSでバブルボブルやプリルラやスカベンジャー4に興じた。やがて空が明るくなる頃、私は帰宅することにし、会場の広間へと荷物を取りに戻った。その時、Jがまた不思議なことを言った。
 「さそり食う?」
 さ、さそり?私は頭がくらくらした。会が終わった、帰ろうと思った人間に「肉がまだ余ってるからちょっと食ってよ」とか「つまみ余った。持って帰れ」というくらいならまだ分かる。だが「さそり食う?」ってあるだろうか・・・
 しかし、そこで「いらん」と言うのもあまりに詰まらない。最後に花火を打ち上げるかと、うまい王的発想になった私は、紙の箱に詰まったさそりのフライを一つ、手にとった。
 私は、虫が嫌いである。いや、いつかも書いたが、虫というか足に節のある生き物が嫌いなのだ。当然さそりも嫌いだが、フライになっているので幸い節が見えない。私はとりあえず、パイプのようにサソリを口にくわえ、独り悦に入った。
 そしてハサミを食いちぎる。硬かった。味は無い。フライの衣の味はする。だがハサミ自体に味は無い。ただ口の中でがりがりいっているだけだ。物凄く硬くて無味の豆でも食っているよう、と表現すれば良いだろうか。
 私はさらに口をつける。腹を真ん中から食いちぎった。殻はやはり硬いが、今度は多少味がした。生っぽい。今度は味がはっきり分かる。生焼けのアジそっくりだった。

 それから、私はうまい神邸を後にした。道々、口の中はずっとがりがりいっていた。

私が帰った後に作られた、サソリ・オムレツ。卵の生地に身体を絡め取られ、ハサミを振り上げたまま焼かれているその姿は、わびさびの極致・・・であるわけはない。
私が見た時は黒かったように思えるサソリが、少し赤みがかっているように見えるのはなぜか。焼くと蟹と同じように色が染まってしまうのか。
※後で聞いたところ、がりがりだったサソリは焼き直すとぷよぷよになるらしい。卵の水分を吸って柔らかくなるのかもしれない。どっちにしてもハサミは旨くないはずだ。

(2003/1/5)


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