今年は普通の年越しになると誰もが思っていたのだった。去年以上の悲劇が有る筈が無い。私が遅れて到着したのは1999年12月31日午後11時50分頃。既に5人の戦士達が揃っていた。去年の呼称を引き続き使用させて貰うならその参加者は、ヘタレのコンポタF(主催者)、うまい王、うまい神、野菜サラダD、私、新人のHだった。そして、テーブルに積み上がっていたのは五箱のフルーチェ。
 なるほど、と思った。うまい棒の次はフルーチェか。よく考えたものだ。これも大量に襲いかかって来たら辛いに違いない。ことによると苦しい一夜になるかもしれない。しかし・・・去年ほどの地獄を味わうところにまでは至らないのではないか、私はそんなことを考えた。
 主催者・コンポタFの説明が続いていた。五袋のフルーチェを全て混合し、一リットルの牛乳(明治LOVE)で撹拌する。そして皆でそれを貪る。なかなかに大変な計画だ。とは言え・・・やはり去年よりはるかに優しいロードであることは間違いない。
 だが、私はその時、何も知らない無垢な少女も同然だった。コンポタFは、この程度で終わるような人間では無かった。私はそのことを全く失念していた。
 2000年が明け、腹が減ったのでフルーチェの前に皆でコンビニへ買い出しに行ってから試食が始まった。まず各色フルーチェを大きなボールの中に空ける。メロン、オレンジなどを入れたまでは良かったが、段々とおかしな様子になってくる。最後にブルーベリーを入れたらボールが血まみれになった。
 牛乳を投入する。素晴しい!灰色になった。この世で灰色の食物なぞ、こんにゃくとフルーチェ各色混合くらいだろう。早速喰う。まずはコンポタFが口を付けた。スプーンが口とボールを往復する。
 「ああ、そこそこいける」
 やはり、味的なショックは少なかったか。
 そのうちにスプーンで喰うという行為に嫌気がさし、うまい神の提案によって、中華の「レンゲ」でフルーチェを消費することになった。その時のビジュアルの凄まじさは筆舌に尽くし難い。人間の頭が二つは入りそうなボールにレンゲを突っ込み、ぞろぞろとフルーチェをすする。失笑がわく。
 もちろん私も食べたわけだが、味は確かに悪くなかった。しかし、どんな味かと聞かれても困ってしまう。あえて言うなら、甘くてどろっとした牛乳であった。ちなみに、大量に食べると気持ちが悪くなる。コンポタFは前日38度以上の熱を出していたこともあって、2、300mlのフルーチェを消費した時点でギブアップした。フルーチェを死ぬ程喰うというのは、誰もが少年の頃に抱く甘い夢である。しかし現物を前にしても、それほど腹に入るわけはないのだ。フルーチェをたくさん食べたいなどという餓鬼には現実を教えてやるとよい。それなら我々の今度の冒険も無駄ではない。私も500ml弱、食して止めておいた。
 皆で平和にフルーチェを味わったり、2000年にポンとかいうスパークリングワインをあけたりして平和に過ごせたのはそこまでだった。ヘタレコンポタFの野望がここで終わるわけはなかったのである。
 談笑中の私の前に、妙な紙切れが提出された。上から順に、何行かフルーチェフルーチェと書き連ねてある。そしてその紙切れの下半分には、「ペットフード」と、いくつもいくつも、高らかに書き連ねてあった。目が眩む。
 それはスーパーのレシートであった。
 「今日はこれを試食する!」美食アカデミー主宰よろしく、ヘタレコンポタFは言い放った。今晩の目的はフルーチェなどではなかったのだ。Fは、ペットフードを試食しながら2000年の夜明けを味わおうとしていたのだ・・・
 デジカムが回り出す。うまい王の商品説明が始まる。「こちらが商品番号1、『ペディグリーチャム』・・・」。狂乱の一夜が、ゆっくりと、走り出した。
 恒例、味選択の時間だ。皆の目の色が変わる。いわば、この夜の自らの運命が決定されるのはこの時間だからである。一体どの缶を獲れば生き延びられるのか、どの缶を獲ると死ぬのか。今回槍玉に上げられたのは「ペディグリーチャム」。黄色い外観。安っぽいラベル。異常に大きい容量。どれもがけたたましく警報音を鳴らしている。ペットフードは猫系と犬系に分かれるのであるが、猫系は魚を使用しており生臭い。犬系は肉が主な材料であり、臭くはないが、一般的に言ってマズい。これが我々に与えられた予備知識であり、同時に今宵の争点でもあったが、チャムだけは別格となりそうであった。
 ジャンケンの後、結局、チャムをとったのはうまい王。その瞬間、王は只の人となった。コンポタFは猫用鯛缶詰。私は猫用鮪・チーズ・鳥ささみ缶詰。うまい神は犬用ビーフ缶詰。サラダDは犬用ビーフ缶詰。新人Hは猫用えび・舌平目缶詰をとった。
 それから皆で一斉に食し始めたのであるが・・・その結果をここに記そう。私としてはもう思い出したくもないのだが、この記述は人類共通の財産となろう。
 私の食した猫缶は結構旨かった(あくまでペットフードの中で)。猫缶なので臭さを覚悟していたが、まだマシで、シーチキンのような風味だった。さらにコンポタFの鯛缶はもっとマシだった。味のないシーチキンそのままであった。新人Hのえび・舌平目は粒が細かかった。うまい王いわく、「(鶏の)すなずりをすり潰したよう」なのであった。味は牛レバー。私は今も、あれは猫用牛レバーミンチ缶だったのだと確信している。うまい神とサラダDの犬用ビーフは両方正統派ペットフードであり、非常にマズかった。ゼラチン質でビーフが固めてあるようなものだ。猫ものより、よほど生臭い。問題のチャムはと言うと・・・うまい王は一口喰って煙を吹いて死んだ。噛むとじゃりじゃりするのである。あのじゃりじゃりは何だったのか。砂か。犬はなぜあんなもん喰うのか。王はしばらく寝たままだった。
 さて、ここで今まで明かせなかった最後の一品を明かそう。悪魔の食物、それは「愛犬の栄養食ビタワン」のソフトタイプである。缶詰ばかりではペットフード祭らしくなかろうということで、コンポタFが気を利かせて買ってきたのだ。あのつぶが沢山入ったペットフードである。犬用の皿にざらざらと空けるあのタイプである。それを喰うということは人間の尊厳に関わる行為である。それを成そうというのである。
 メンバーの中でもっとも勇敢なうまい王がまず一口喰った。
 「甘い!!」
 そう言うと王は再び崩れ落ちた。その日、王は二度死んだのであった。
 私も喰ったが、それは酷いものであった。一口目は非常に甘い。腐ったシロップの味はあんな感じであろう。そのあとじゃりじゃりとした歯触りがやってくる。そして最後に鳴り響く苦味である。このジェットコースターのような味の大回転が口の中で新星爆発を繰り返す。そして人は死に至る。
 いや違う違う、死にはしない。しかしそれに近い状態に陥るのは確かである。ビーフ100%、ミルク+ビーフ、チーズ+ビーフ、野菜+ビーフの四タイプのキューブが入っていたが、ビーフ100%のものがもっとも毒性が強い。この袋の残りを最終的に持ち帰ったのはうまい王であったが、王はそれを、何の躊躇もなくコンビニのゴミ箱に投げ捨てていた。
 その後、問題が一つ持ち上がった。(ビタワンは別として)「残りをどうするか」。これ以上喰えないが、このまま終わったら少し勿体ない。猫缶はまだちびちびつまんでもよい(さらに会場家の猫に与えるという妙案も提出された)のだが、犬用ビーフ缶がどうしようもない。もっとも勇敢なうまい王が、皆に責めたてられ、皿に犬用三缶全て空け、醤油をぶっかけて、「牛皿定食!」といってご飯と一緒に食してもみた。味はどうあれ、メーカーが犬缶ビーフ100%と主張しているのだ。牛皿には変わりあるまい。・・・しかしもちろん喰えた代物ではなかった。その時、誰からともなく、こういうことをつぶやいた。
 「それ、ハンバーグのモトみたいやんなぁ」
 決まった。ハンバーグ。
 この日、前回のうまい棒大会で素晴しいメンタイ・スピリッツをみせてくれたCは彼女と初詣かなんかのために、来場は午前8時ころという予定だった。腹をすかして帰ってくるCのためにみんなで温かいハンバーグを作ることに決めた。彼女のいないみなさんは発奮した。
 テーブルの上にアルミホイルを敷く。コンロを置く。ボールの中で犬缶3つと卵とパン粉が踊る。コンポタFが自宅からフライパンを持ち込む。夜中の3時が近かったのに、全員フル回転だった。素晴しい仲間達。ペットフードでハンバーグを作る、そう決定すると、真夜中にもかかわらず目的に向かって一致団結する。ミレニアムだ。ミレニアム・ペットフードの仲間達だ。2000年の夜明けはペットフードだ。子子孫孫まで語り継ぐのだ。

(2050年)「ねえ、おじいちゃん、2000年の年越しってどんなだったの?」
      「ああ、ペットフードでハンバーグを作っていたよ・・・」

 焼く。不覚にも、匂いを旨そうと感じてしまう。裏返す。・・・赤い。赤黒い。明らかに普通のハンバーグの色ではない。えらいことだ。それから何回か裏返したが、やはりそのハンバーグは赤黒いままだった。
 完成した。とりあえず試食してみる。
 「・・・味、同じやん・・・」
 確かに同じだった。焼いても変わらない。火の通りが悪かったのだ。只でさえ水っぽいビーフ缶のハンバーグを分厚く固めたからだった。しかしあきらめる野郎どもではなかった。
 材料が残っていたので、二度目は薄く、小さく焼くことにした。この時午前3時30分頃。私は眠かったのでここで眠ってしまった。あとはコンポタFが黙々とビーフを焼き続けるのみ。Fよ、幸あれ。
 次に私が目覚めたのは午前8時、そう、正にCの訪れの頃であった。にわかに部屋が賑やかになったので、顔を上げると、Cが彼女と、その友人(I嬢としておこう)を連れて登場していた。しかし、ペットフードの生臭さが充満する日本中でもかなりイヤなミレニアムの幕開けであった部屋に華やかさが溢れたのも束の間、数瞬後にその部屋は元のペットフード・ミレニアムに逆戻りすることとなる。ここはコンポタFが支配する空間。
 メンタイCは早朝に既にスタンバっていたハンバーグを見てそれほど疑いは抱かなかった。何より前歴が酷い連中であったからであろう。去年は800本以上のうまい棒にまみれ、それまでにも闇鍋と称して、いちごケーキやバナナを煮えたぎる鍋に放り込み、闇かき氷といってはかき氷に卵やイカソーメンやイクラをぶっかけたメンツであったのだから(ちゃんと喰ったし)。ハンバーグ?何、マトモじゃん、くらいは考えたに違いない。慣れとは恐ろしい。
 しかしメンタイCは只者ではなかった。やはり去年の経験が生きたのだ。将器は育っていたのだ。一口喰い、疑念に満ちた顔を見せ、二口喰って、「犬の餌みたいや」と言い当てた。ほんの冗談の積もりで口にした言葉だったのだろうが、Cを迎えたのは、その通り!という周囲の賛辞だった。その時のCの顔は忘れられない。驚愕や、諦念が入り交じった、素晴しい顔だった。将の顔だった。
 その後、Cはビタワンを喰ってまた倒れた。I嬢はハンバーグを何口か喰った。表情をほとんど変えないその喰いっぷりは見事であった。ビタワンにはさすがに参ったようで、怒り狂った彼女はCの口にビタワンをしこたま包んだ綿菓子を突っ込んでいた。Cは泣きながら生っぽいキューブを吐き出した。
 ちなみに綿菓子はCの彼女が持ち込んだのであるが、これが切なかった。かけらをもらったうまい王がこう報告した。
 「この甘さとじゃりじゃり感、ビタワンそっくり」
 私も喰ったが・・・正にその通りだった。王は「もうトラウマになった、綿菓子は一生喰えないかも知れない」と言った。Cの彼女は結局ビタワンを一つも口にしなかった。人生からまだ綿菓子を失いたくなかったのだろう。

 この日、私が得た真理が一つある。猫はグルメ、犬はバカ。



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