6年目だなあと、誰かが言った。自分ら歳とったなあと、誰かが言った。本当によく続いてるよなあと、誰かが言った。
 6年。もはや、普通に過ごす大晦日とはどんなものだったのか、よく覚えていない。少々ネタ切れの感もないではないが、無理矢理にでもやるのだ。破滅の予言を超え、21世紀すら超えて、今回も始まる。
 俺たちのうまい棒。


バナナ1
 2003年12月31日午後6時過ぎ。黒霧島(芋焼酎)を抱えて会場宅を訪れた私は、いつも通り漢たちと合流した。私以外には、うまい神、うまい王、ペペF、魔人Jの四人がとりあえず集まっていた。

 今年はホットプレートが行われるということが決まっていた。ホットプレートということは、肉類と野菜類が焼かれるのには違いない。しかし、何の肉が焼かれ、何の野菜が焼かれるのかということは、私にとって大きな問題だった。事前にわずかだが行われた打ち合わせで出ていたキーワードが、「アフリカ食材店」だったからだ。一体何が出てくることか。

 材料類の仕込みが始まった。いきなり度胆を抜かれる。大きな袋からまず出てきたのは、緑色の長い棒が三本。何でもアフリカのバナナらしいが、それにしても長い。三本のうちの一本など、30センチメートルはあろう。裁縫用の竹尺と同じ長さだ。いや、そもそもバナナなのだ。ホットプレートをやるという日に食材として出てきて何も感じなかった自分が、後から考えるとおかしかった。
 バナナをどのようにカットするかで意見が交わされ始める。皮を剥いて輪切りにするか、皮を剥かずにトントンと適当に切っておくか。ビジュアル面での楽しさと、火の通しやすさや食べやすさ、摘みやすさなどに配慮して、ベストな形式を選択したかった。放っておくと、ペペFなどはストンと15センチメートルずつに切り分けて「これで終わり!」などと言い出しかねない。それでは長い棒が短い棒に分かれただけで、切る意味もほとんどない。慎重に相談しておく必要がある。
 とは言え、検討が進むにつれ意外なことが判明した。皮が剥けないのだ。日本のスーパーなどで普通に売っているバナナを食べるごとく剥こうとしても、輪切りにしてから剥こうとしても、皮が身から離れない。必然、そのまま輪切りにして焼くこととなった。ちなみに、バナナというくらいだからそのまま食べても旨かろうと、輪切りにした白い身をほじくって食べてもみたが、全然旨くなかった。渋柿と同じような味がして食えたものではない。タンニンたっぷりということだろう。焼いて食うしかないようだ。

 仕込みは続く。傍に置かれている袋が私の目に入った。平べったい魚が丸ごと一匹、透明な袋に詰まっている。大きさは大人の掌ほどだろうか。糠のような茶色い粉がふいており、魚の糠付けとして知られる「へしこ」を想起させた。これは一体何という魚で、どういう物なのかと訊ねてみる。やはりアフリカ食材で、魚の塩漬けらしい。何の魚なのかはよく分からないということだった。とにかくアフリカの淡水魚であるということだ。そうか、何の魚か分からないか。今開封しても仕方がないし、とりあえず放っておくことにした。

 ......ホットプレートで魚の塩漬けを焼くだって?何の魚かよく分からないのか?せめてぶつ切りにくらいしておいたらどうなんだい?
 ......まあ落ち着け。大したことではない。

 肉の仕込みが始まる。新聞紙に包まれた大きな塊が三つ。どれも結構な大きさだ。かちかちに凍っているため、一つの包みを開き、電子レンジで解凍を始めた。去年に続き、仔羊の肉(ラム)だ(正確に言うと去年食ったのは仔羊の脳味噌)。羊肉というのは意外にも安価(100グラム150円から180円程度)で、集まって焼肉をするには丁度よいのだ。1キログラムはありそうな塊だったので、解凍にも時間がかかったが、何とか解凍が完了した。
 残りのものも解凍を始めるが、ペペFの主張により、新聞紙に包まれたままレンジにかける。この段階で開いてしまっては台なしなのだという。丸っこい塊と、包丁のような形の塊だった。一体何が入っているのか。
 残りはさつまいもや玉葱、茄子などの普通の野菜なので、ごく普通に切り分けておいた。ただ、それらの中にはもちろんキウイが混じっていたことも、忘れずに書き添えておく。


バナナ2
 仕込みが終わり、焼きが開始された。やって来たえびHも加わり、楽しい食事の時間となる。まずはメインの羊肉が焼かれた。極薄のスライスになっているため、文字通りあっという間に焼けてしまう。食べると非常に旨い。普通に売っている焼肉用の牛肉より脂が少なく、肉の味が楽しめる。多少ぱさつく感じはあるものの、仔羊なので臭みもあまりなく、肉好きの人に対しては自信を持ってお勧めできる味だ。

 注目のアフリカバナナにも箸をつける。生で食べた時には渋くて仕方がなかったが、焼いたら身の色も黄色く変わり、食えそうな風情を見せている。
 ここでJが魔人ぶりを発揮し始めた。輪切りになったバナナをおもむろにつまみ取ると、皮がついたままむしゃむしゃと食い出したのだ。毎年のことだが、Jは突っ込む暇もないほど行動が早い。
「食える食える、旨い」
 Jが言った。
 何と!アフリカのバナナというのは皮も食えるのか。いや、皮も焼いたから食えるようになったのか。とにかく皮は食えるらしい。皮が食えるくらいだから身も旨いに決まっている。私は喜び勇んで輪切りのバナナに食い付いた。口の中には、かつて体験したことのない、バナナの身と皮の豊かなハーモニーが......
 ......私は天を仰いだ。そうさ。バナナの皮が食えるわけがないではないか。もう6年もやっているのだ。気付くべきだった。やはりJは魔人だった。私は口の中のものを高らかに吐き出した。皮は所詮皮だ。それは正しくバナナの皮の味だった。アフリカだろうがなんだろうが、バナナの皮は食えない。会を重ね、いろいろなことに対する警戒心が麻痺してきている。誰か助けてくれ。

 バナナの身の方は普通に食えた。皿にとって箸で強く突いたら、輪切りになった身がぽろりと外れる。味や食感は栗とさつまいもを合わせたような感じで、わずかな甘味があるが、バナナ感は全くない。焼肉のタレとも喧嘩しない。やはり焼いて食うものだったらしい。

 うまい王のことにも触れておかねばなるまい。今回アフリカ食材の店で買ってきたものの一つに、粉があった。粉は、キウイとともに漢たちの会には欠かせないものだ。今年導入された粉は、フーフー某とかいう、よくわからないアフリカの粉だった。英語の説明書きを、みんなであれこれ言い合いながら訳した。粉半カップに対し、水1カップをとる。小鍋に粉の半分と水を入れ、中火を維持しながらかき混ぜ、残りの粉を少しずつ投入する。どうやらそのようなことが書いてあった。それでうまい王は、みんなが楽しく食べている最中に部屋の隅で粉の仕込みをしていたのだ。
 だが、うまい王はみんなで訳した説明書を全く無視した。王だからだ。ボールいっぱいに粉を満たし、その上からポットの湯をどぼどぼとぶっかけている。ボールの中は粉とダマの海だ。酷い状態のボールの中身に気付き、漢たちは王に向かって激しく突っ込む。さすがの王も部屋の隅で小さくなった。しかしとにかく、ぶち込んでしまったものは仕方がないので、私は王に協力して、生地を練ることにした。
 平皿の上でぼそぼそとしている粉と湯の混合物を練る。徐々に生地らしくなり、うどんでも打てそうな感じだ。しかし、これはもともと成すべき形からは大きく外れているのではなかろうか?そんな風にも思ったが、とにかく練り続ける。頃合を見て少し千切り、丸め、真ん中を親指で抑えて形を整える。旨そうだ。あとは焼くだけだろう。しかし間違ってはいないか。アフリカの人たちは目を剥いて怒らないか。

 出来た団子を焼く。食う。片栗粉と米粉を混ぜたような風味がした。主食の風格を備えている。きっとその通り、どこかの地方の主食なのだろう。だが、正直言ってあまり旨くはなかった。王もホットプレートに陣取り、それを焼いて食った。食い終わって何を思ったのか、再び団子を焼き、羊肉と重ねてまた食った。
「肉と一緒に食うと旨い」
 それは肉が旨いだけだろう、という突っ込みの一斉砲火が王を襲った。今日の王は裸の王様だ。

 不思議な果実酒のことにも触れておこう。数か月ほど前に、この会のサブイベントとして、オリジナル果実酒を持ち寄ろうかというアイデアが提出されており、それをうまい神と魔人Jが実行していた。果実酒というのは基本的に、甲類焼酎に付け込みたいものを入れて、直射日光の避けられる温度の安定した場所に置いておけば完成する。うまい神が造ったのは、椿の花弁を漬けた椿酒と、フリスクを漬けたフリスク酒だった。椿酒はそのままではあまり旨くないが、ロックにして飲めば、そこそこいける。フリスク酒は、酒というよりほとんどフリスクだった。フリスクフリークである神の持ち味が発揮された逸品と言える。
 Jの作ったものがまた不思議だった。強いて言うなら出汁酒だろうか。ニンニク、鰹節、昆布など、なんだかそのまま食べたいようなもの、しかも通常は出汁をとったり、味を整えたりするために用いる食材ばかりを各種漬けた酒だった。飲んでみると、ニンニクと出汁の味がする。飲めないわけではなかったが、頗る不味い。飲み続けては危険な味だった。調味料として使った方がよい。とは言えJは魔人らしく、ああ出汁の味がするねと言いながらぐびぐびと盃を呷っていた。


凶鳥
 その後はさしたる問題もなく、会は進んだ。バナナは皮さえ食わなければすこぶる旨い。羊肉はもちろん旨い。粉は団子にして焼くと火の通りが悪く、平たく成形しながら焼いて食うことになっていたが、とりあえず食えないほどではない。何でも食えるように変化させてしまう魔法の粉・カレー粉を練り込み、風味付けに酒を練り込むという小技も用いられていた。玉葱や茄子はもちろん旨い。キウイはやはりホットレモネードの味だ。縁を切りたいと毎年思うのに、焼けばそこそこ食えるので毎年食ってしまう。焼和蕎麦(和蕎麦の焼そば)という焼き物も行われたが、これも旨かった。調味料として使われたJの出汁酒が絶妙な風味を醸し出したのだ。蛇足だが、漫画「クッキングパパ」で紹介された和蕎麦の焼き蕎麦(和蕎麦に蕎麦つゆを併せて焼そばにする)と奇妙なほど符合していたのは、私だけが知る偶然だ。
 とにかく平和だった。本当に平和だった。

 しかし、ここまでペペFが鳴りをひそめていたことを忘れてはならない。食事が一段落した和やかな空気を察知してFは、のろのろと新聞紙に包まれていた丸っこい方の塊を取り出した。

 黒。

 漆黒の鶏だった。毛はむしられ、脚は曲げて肛門に詰められている。皮にはぶつぶつとした点が浮き出しており、目は全く閉じられている。ただ黒い。全てが鶏なのに、黒い。それは、烏骨鶏だった。
「......今夜はこれを試食する!」
 美食アカデミー主宰が吠えた。

 もう一つ、包丁のような形の塊も残されていた。こちらは王の用意したもので、Fと王はどうやら、食材インパクト勝負を行っていたらしい。中身は魚だった。アフリカの淡水魚で、ティラピアという。未調理の淡水魚が出す濃いビジュアルというのは、普通の場合、かなり嫌なインパクトを醸し出すが、今回は違った。さすがに烏骨鶏にはインパクトで負けている。珍しくFがいいところを見せた。

 次に問題となったのは当然、これらをどのように食うかということだった。鶏にしろ魚にしろ、今日用意されている設備から考えても、焼いて食うのは間違いない。だが、特に烏骨鶏は、解体せねば食えないだろう。しかし、そのための知識を持ち合わせている人間がいなかった。内蔵は恐らく抜いてあるからいいだろうということで意見は一致したが、手羽、むね、ももなど、食える部分を食いやすく解体できないのだ。串でも突き通して、焚火の上でくるくると回せれば味的にもビジュアル的にもベストだが、焚火など街中で出来ようはずもない。あれこれみんなで言い合っているうちに、ペペFがさりげなく動いた。もちろん、やることは決まっている。
 ホットプレートの上にごろりと烏骨鶏が乗せられた。
 「これでいいねん」
 拗ねたように箸で烏骨鶏をつつきながら、Fが呟く。非難や絶望の声が一斉に上がったが、それもやがて収まった。抵抗しても無駄なのだ。お前らそんなこと議論するなよ、俺たちのやることはこれだろうという気を、Fはその全身から発していたからだ。じりじりと焼けていく鶏を気まずげに見つめていると、ぽんという盛大な音が塊の裏側で弾け、ホットプレート上の烏骨鶏が小刻みに振動した。一瞬の静寂が、部屋を包む。なんか僕ら、悪いことしてるんかも知れん。

 その時、部屋の襖が開き、遅れてメンタイCが登場した。参加者が次々と慰めの言葉をかける。つい数分前まで和やかなプレートだったのに、タイミングが悪過ぎる、いやむしろ良過ぎる、と。何のことだか分かっていないCに、誰かがホットプレートを指差す。鶏がただ一匹、転がっているのを、Cは確かに見た。黒い。見る間にCの顔が凍り付く。Cは、常にこれだ。本人が意図せずして、歩くネタ製造マシンのように振る舞う。
 結局ティラピアもそのままホットプレートに乗せられた。烏骨鶏はプレート上でごろごろと転がされ、ティラピアはばたんばたんと裏返される。両者はホットプレート上で激しく絡み合い、その様はほとんど特撮映画だ。烏骨鶏の丸まっていた長い首はぐにゃぐにゃと可動可能状態になり、肛門に詰め込まれた脚は勝手に抜け出てきていた。部屋の空気が段々と重苦しくなってゆく。
 そして漢たちは当然のことに気付いた。ティラピアはいいとして、烏骨鶏は朝まで焼いたとしても、間違いなく焼け切らない。なんの工夫も細工もせず、丸ごと乗っているだけなのだから。食いにくいからということとは別の次元で、やはり解体が必要だったのだ。......気付くの遅すぎ。

 ここで行動力を発揮するのは、常にペペFだ。Fは恐るべきことに、ホットプレート上で烏骨鶏の解体を開始したのだ。得物はステーキ用のフォークと、同じくステーキ用のぎざぎざのついたナイフ。漆黒の鶏を裏返したり横に向けたりしながら、Fは懸命に解体を試みている。焼く前に解体すればよかったのに、もはや何も言うまい。他の漢たちは、Fにはもう何も言わず、雑談などしながら事の成り行きを見守った。Fは、黙々と黒い塊にナイフを突き立てている。
 やがて部屋で歓声が上がった。Fが手羽の切断に成功したのだ。黒く丸い鶏の各関節部分には切れ込みが入り、切れ込みからは細かく肉が飛び出していた。苦闘の跡が見て取れる。Fはコツをつかんだのか、その後は怒濤のごとく身を切り分け、いくつかの部分へと黒い鶏を解体した。ホットプレート上で鶏を解体した人間は地球の歴史上、ほとんどいなかっただだろう。記念すべき一瞬だった。ただし、全てが黒いため、どれがどこの部分かはよく分からない。


食肉
 あとは食ってみるだけだ。全てが黒いため、どれくらい焼けているのかはやはりよく分からないが、身の部分からは脂が染み出していて食えそうだ。過去5年の勘がそう言っている。そこでプレッシャーの魔の手にかかったのは、メンタイCだった。全員で食え食えと言いまくる。こうすればCは食うという確信が、漢たちにはあった。かくして、パッシヴ・チャレンジャーは立つ。火の通り易そうな細い脚を食うようだった。ももではない。脚だ。そもそもあれは食えるのか、私はよく知らなかったが、Cは脚を手に取った。食えるが火の通っていない可能性のあるももより、食えるのか分からないが確実に火の通っている脚を選んだということだ。この葛藤は私にはよく分かる。そして、後者を選ぶという気持ちもよく分かる。食える生焼けより食えない丸焼け。これはこの会のほとんど誰もが自然に守っている暗黙の了解だ。

 とにかく、Cが手に取ったその脚は鈎型に曲がり、先端は爪で尖っている。そして黒い。実に禍々しい形だ。去年の血腥いに続き、今年は禍々しいか。さすがに漢たちの会はひと味違う。
 メンタイCが脚にかぶりつく。かぶりついたかと思うと、
「苦い」
 と叫ぶ。食えないらしい。そうか、脚は苦いのか。やっぱり食うところじゃないんだと私は実感した。いや、そもそも全体的に食えないと言うことはなかろうか、とも、その真っ黒な鶏を見ながら私は思う。
 ところが、その脚を再び手に取ったのは魔人Jだった。チャレンジするらしい。禍々しいそれに、魔人は魔人らしく豪快にかぶりついた。実によく似合う。ああ、食える食えると言いながら、魔人は音を立てて黒い脚を食っていた。もう信じるものか。
 ところが。実はこれについてはJの方が正しかったのだ。私も後で恐る恐る脚を食ってみて分かった。鶏の脚は普通に食える。肉はほとんどないので、脚の皮を歯でこそげながら食う感じになるが、それはちょっとぱりぱりした鶏の皮、ぐらいの味だった。ではメンタイCはなぜ苦いと言ったのだろうか。
 その原因は、ティラピアにあったのだ。鶏の横でこっそりと焼けていたティラピアの内蔵がはみ出し、黒い脚を汚染したのだ。ティラピアは、身は普通の白身魚と言っても良いほど普通の味なのだが、腹の周囲を中心に異常に苦い部分がある。そもそも、ぶぢゅぶぢゅと音を立てて焼けるティラピアの腹からは、緑色の何かがはみ出ていたのだ。あの辺りは明らかに危険だったろう。Cの食った脚には、その苦味が混じったものと思われる。苦味はホットプレートの各部を汚染したと見え、その後も漢たちから発せられる、「苦い」という苦悶に満ちた声が、時折会場に響いた。私も経験したが、その苦味は秋刀魚の内蔵の数倍とも思われる苦さだ。Cの言った苦味は、結局その第一号だったのだろう。つくづくCは損な役回りと言える。

 脚ばかり食べていても仕方がない。漢たちは、肉の部分を食うことにした。しかし、とにかくどこもかしこも真っ黒で、どの程度焼けているのかも分からない。身を裂いてみると、これが灰色がかっていて、やはりどの程度焼けたのか分からない。経験と勘に基づき、焼けたと確信した部分を食ってみるしかないのだ。漢たちは、恐る恐る黒い肉を口に運ぶ。臭いがしないので、焦げていないことは確かだ。しかし、焦げていないのに黒い鶏肉が発する、過剰なまでの違和感。

「うまい」
 やがて喜びの声が次々と部屋に響き渡った。全く、烏骨鶏とは普通の鶏より旨かったのだ。身は柔らかく、味は濃い。成功だ。この禍々しい鶏をホットプレート上で解体し、おいしく食することに成功したのだ。ペペFの勝利だ。漢たちは烏骨鶏を心ゆくまでむさぼった。各々が黒い欠片を手に持ち、一心不乱にしゃぶりついている。よく考えたらかなり嫌な光景だった。

 意外な副産物もあった。烏骨鶏から染み出した脂だ。ホットプレート上に溜まったそれを上手く利用したのはうまい神だった。最初に作った謎の粉団子を小さく千切り、その脂だまりに入れて揚げるように焼く。そうすると、あのあまり上手くなかった団子が、実に旨くなるのだ。カレー粉など練り込むと絶品だった。
 その内に身が少なくなってきた。胴体の肉を完全に消費するのに、どうしても首が邪魔だということで、首を切り落とすことに決めた。なぜか私が担当することになり、ぎざぎざのついたナイフを鋸のようにして長い首を切っていく。ナイフを引き続け、コンという軽い衝撃を感じたかと思うと、案外簡単に首は外れた。早速Jが外れた首をくわえて遊ぶ。脳味噌を食ってみようかという意見も出た。頭蓋骨にナイフを当て、カットする。今度はごりごりと非常に鋸らしい音が出た。ぱくりと頭蓋が縦に割れる。何やってるんだろう、わし。中の脳味噌は小さく、結局誰も食べないまま、ホットプレート上に拡がる混沌の海に沈んだ。残った首の方はというと、Jがかぶりついてむしゃむしゃやっていたような気もするが、正直記憶が定かではない。とにかく気がついた時には、ほとんど肉のついていない状態になっていた。

 一部の人間がいろいろと工夫している間、ペペFやうまい王は疲れたのか眠っていた。後から加わったやさいサラダDなどは来て早々、やはり仮眠をとっていたが、これは単に呆れていただけかも知れない。そんな仮眠組をよそに食事は進み、骨受け用の器に、皮がむしり取られた鶏の脚やら、天辺の割れた鶏の首やら、ホットプレートからこそげとった焦げやらがこんもりと溜まる。それら残骸は、もはや訳のわからない山だとしか言いようがなかったが、ただ一つだけ、分かり過ぎるほど分かることがあった。
 その山には、黒以外の色彩がまるでない。

 やがて、2004年が明けた。


パクス・ウマーナ(うまい棒の平和)
 烏骨鶏の後はもんじゃを作った。カレー粉は食えないものを食えるようにする魔法の粉だが、もんじゃの素もカレー粉に迫る魔法の粉だ。ホットプレート上に残る食べかすや、残った野菜があり、それらを全て食い切るため、もんじゃを製作することになった。どうやら成り行き上、私が主体で作ることになるようだ。ボールに水と粉を入れ、具材を入れてかき混ぜ......というのが面倒だったので、適当にやらせてもらうことにした。ホットプレートの一角に具材を集め、粉をぶっかけ、同梱の調味粉をかけ、水をかけ...という方式をとることに決める。お好みだったら無理だが、もんじゃならこのやり方でも正式の手順をふんだのと変わらないものが完成する。
 水が側になかったので、代替として烏龍茶をその上からかけた。鍋やすき焼きなどで、水の代わりにお茶を使っても味には何ら影響ないことは私の経験上分かっていた。もんじゃでも大した影響はないだろう。大体私の考えていることが読めているのか、ここまで、漢たちからも文句は出ない。

 しかし、今まで寝ていたペペFがここで目を覚ました。そして、眠そうな目を擦りながら不満げに言う。
「なんで普通につくらんのんよ.....」
 ......あんたが言いますか......

 何とかもんじゃが完成し、みんなで食す。実に旨い。烏骨鶏の脂も混じっていていい味だ。漢たちは満足した。
 その後、なぜか畳の上に転がっていた熊肉の袋詰めもみんなで食った。王が買ってきたものらしい。熊肉は臭くて固いとか『銀牙』に書いてあったので、漢たちは少し不安になったものの、開いてみると難無く食えた。調理済みで、固くも臭くもない。「SPAM」という海外産の加工肉によく似た味だった。それとも、「この世の物とも思えないほど味の整ったペディグリーチャム」という商品があれば、こんな味だったろう。


臭祭り
 とにかく、平和だったのだ。度を超えて。忘れていたことがあった。仕込みの段階で放置しておいた、袋詰めの淡水魚だ。開けないわけには行くまい。
 袋詰めの魚の他、中国食材店で買った臭豆腐という瓶詰めもあった。鮭フレークの瓶ほどの小さな瓶だったが、中にはよく分からない灰色の物が詰まっている。原材料を見ると、豆腐と塩と水と書いてあるので、結局は豆腐の塩漬けということなのだろう。これらを開封するのだ。漢たちのアンテナがびんびんと震える。ここからは祭りだ。多分危険だ。しかしやるのだ。ホットプレートの合間に飲んでいた酒に悪酔いしたのか、既にうまい神は別室へ引っ込んで就寝していた。さすがに神だ。実に幸運だった。いや、不運だったのか知れないが。

 まずは謎のアフリカ淡水魚が開封された。とりあえず匂いを嗅ぐ。ほとんど獣のような反応だが、よく分からないものを食べる前にはこれが一番だと漢たちは知っている。
「くさい!」
 先述した通り、この謎の淡水魚は、糠漬けのような見た目だった。当然臭いことは予想され、予想通りに臭かっただけのことだ。生臭さと腐臭が一緒になったような悪臭がする。食えるかどうかというと、その点については大丈夫そうだった。繰り返しになるがこの魚は糠漬けのような見た目であり、そのままでも充分いけるように思えた。しかし結局この魚はホットプレート上に乗った。匂いだけではっきりしない食材は、焼いてしまうといい。そうすれば、大抵の物は食える。これも長年の経験で漢たちのつかんだことだった。

 ホットプレート上で名も分からぬ魚が焼けていく。念には念を入れた。これで問題なくこの魚は食えるだろう。だが、一つ悲しいことが起きた。魚の臭いが強くなっていったのだ。焼くんじゃなかったかも知れない。部屋に満ち満ちた臭いを嗅ぎながら、漢たちは思った。
 臭いに耐えながら、魚が焼けるのを待つ。頃合を見計らって、うまい王が身を少し摘み取り口へと運んだ。
「辛い!」
 その魚は非常に塩辛かった。みんなで食ってみたが、とにかく辛い以外の言葉は出ない。臭いは酷いが、とりあえず酒のアテにはよかろう。そういうことで、謎の淡水魚については評価が定まった。「臭い」「辛い」としか発言する必要のない食材だった。

 続いて臭豆腐への挑戦を決意する。淡水魚で痛い目に合った漢たちから、恐怖の嘆きが漏れた。部屋は重苦しい雰囲気だったが、淡水魚の臭みにも慣れた漢たちは、嫌がりながらもある程度先が見えたような気がしていたということは否めまい。酷いにしたって、淡水魚という比較対象が出来たのだから、覚悟もできるというものだ。しかし......それが甘かったのだ。
 その時、私は障子一枚隔てた喫煙コーナーで煙草を吸っていた。そこに突然、うわあっという凄まじい叫び声が飛び込んできたのだ。一体何をやっているんだと思って少し振り返ったその時、障子が向こうから開いた。喫煙コーナーに飛び込んできたのは、あろうことかあの魔人Jだ。息も絶え絶えになりながら、私の吐き出す煙草の煙を吸い込み、煙草の臭いは素晴らしくいい臭いだとか何とか呟いている。一体中で何が起こっているのかと思ったその瞬間、臭いが私を襲った。
 激臭。
 激臭とはこの臭いのためにある臭いだ。臭いの質は腐臭、もしくはトイレで嗅ぐあの臭い。だが、その濃さが尋常ではない。そもそも私は煙草を吸っているのだ。大抵の臭いは薄くなるはずなのだが、煙草の臭いの方がほとんど消えている。私は煙草の火を消し、部屋へと飛び込んだ。

 人が倒れていた。二人。喫煙コーナーのすぐ側だ。外に出ようとして力尽きたのだろうか。やさいサラダDとえびHのようだった。部屋の奥を見ると王とペペF、メンタイCが悶えている。そして部屋に満ちているのは、淡水魚の臭いと似ているものの、それとは比べ物にならないほど濃い悪臭だった。とりあえず私はすぐに喫煙コーナーへと舞い戻る。何人かもどうにか喫煙コーナーにやってきて外との扉を開き、新鮮な空気を吸った。
 漢たちの誰もが、ここまでとは思わなかったほど、臭豆腐は酷かった。これを食うと言うのだろうか。一度開かれたと思われる、閉じた臭豆腐の瓶を見ながら、漢たちは絶望した。部屋には酷い臭いがぷんぷんと充満している。

 ペペFが決断した。食い物として売っているものだ。食えないわけがないのだ。ここで食わねばならぬのだ。Fは、臭豆腐の瓶と対峙した。そしてその瓶を、ゆっくりと開いた。
 臭い!やっぱり臭い。漢たちは騒ぐ。無駄に騒いでいるわけではない。騒がなければ吐きそうなのだ。Fが顔を歪めながら、小皿に臭豆腐をあけた。汁とともに小さな塊が皿の上に乗った。まだまだ大量に中身が残っている瓶を再び閉じ、Fは皿の上の臭豆腐を睨んだ。いくらか躊躇し、箸で少量の臭豆腐を摘むと、口に運んだ。
 Fは何も言わなかった。ただ悲しそうな顔をして、胃のあたりを抑えている。耐えているのだ。吐き気に。やがて立ち上がると、部屋の端へと移動し、どうと畳の上に倒れ込んだ。
「無理」
 そう言うと、Fは顔を伏せた。

 皆が顔を蒼ざめ、固まっているのを後目に、うまい王も挑戦を決意したようだった。ライバルにして盟友のFにだけ辛い思いをさせておくわけにはいかない。王は小皿の前に陣取った。箸で臭豆腐を少し摘み、口に運ぶ。二人めの犠牲者か。しかし、意外な反応が示された。
「あっ、食える」
 何と!食えるのか臭豆腐!
「確かに臭いけど、食えない味じゃない。ただ、無茶苦茶塩辛い」
 そういうと王は辛そうな顔をした。
 続いて私がチャレンジすることにした。皿の前に座ると、遠巻きにみていた時よりはるかに臭い。しかし人間とは上手く出来ている。鼻の機能は既にセーフモードに入っており、吐き気は起きてこなかった。臭豆腐を摘み、口に運ぶ。
 辛い。非常に塩辛い。しかし不味くはなかった。何しろほとんど塩の味なのだ。旨い不味いの問題ではない。ただ、その塩辛さの奥に、発酵食品独特の濃厚な味も隠れているようにも感じた。食える。
 漢たちがペペFを見る。弱すぎなのではないかと。本当に吐きそうだったのだとFは弁明した。もちろんそれは疑うべくもない。胃を抑えて動きを止めていたあれは、演技だったとは思えない。しかしその後、メンタイCも魔人Jも臭豆腐を食って、塩辛いけど食えるとの感想を述べ、ここに至りペペFは完全に窮地に陥った。
 Fによると、臭豆腐を口の中に入れた時、じゃりっという嫌な感触がしたのだという。後から考えてみればそれはただの塩だったのだが、それに驚いて臭豆腐をしばらく口の中に留めてしまったのが敗因だったらしい。臭いが鼻へと逆流し、それはもう大変なことになったのだ。その後、もう一度臭豆腐を食えば汚名を雪ぐいい機会になったのに、余程嫌な思いをしたのだろう、Fは結局二度と臭豆腐を口にしなかった。

 Fの話が恐ろしかったのか、とにかくあの臭いがやばいと思ったのか、やさいサラダDとえびHも臭豆腐を食わなかった。うまい神はというと別室で寝っ放しで、臭いすらほとんど嗅いでいない。途中少し起きてきた時に、残り香を嗅いだ程度であろう。この辺りは、さすがにうまい神だった。裏イベントとも言えるこの臭豆腐試食で最も評判を落としたのは、やはりヘタレFだったのだ。全く、上手く出来ているものだった。

帰途
 会が終わり、私は帰途についた。正月一日の昼過ぎに通った梅田の地下街には、臭豆腐のあの臭いが充満していた。過敏になっていた私の鼻が、ありふれた街の臭いの中から臭豆腐的な臭いのみを分離して嗅ぎとったのか、胃から臭豆腐の臭いが漏れてきていただけか、それとも幻臭だったか。全く定かではない。

おまけ
1.食材価格リスト
淡水魚の塩漬け 650円くらい
羊肉(1kg弱) 1,200円
烏骨鶏(丸ごと)2,500円くらい
臭豆腐 380円
バナナ、ティラピア、粉 知りません。

2.臭豆腐に関する注意
臭豆腐を実際に試してみたいという方、値段は380円とそれほど高くないため、行くところに行けばすぐ買えますが、開封場所には充分注意してください。ご近所迷惑になる可能性があります。今回は、窓から隣の家までが充分遠かった上、部屋も二階だったので大丈夫でしたが(冬の晩だったというのも好条件)、換気窓から隣の家までが近い部屋などでの開封は避けた方がいいです。臭そうだから庭で開けるというのもよくないです。その庭が道路などに面していれば、通行人がかなりびっくりすることでしょう。もし隣の家までの距離が近い部屋で開けようと思うのでしたら、部屋を閉め切った上で開封し、開封後は徐々に換気するようにしましょう。地獄が味わえますが......しかも、それでも近所迷惑かも知れません......
まあ、それ以前に試そうとする人があんまいないと思いますけど(´Д`)

(2004/1/5)





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