何を成すべきか。
 事前にペペF、神、王の三者でチャットによる会議が行われ、今回の概要が決定した。そのログが指し示したキーワードは「粉」。多種多様な粉を購入し、こねたり混合したりして味のフロンティアに挑戦する。名付けて「K(Kona=粉)-1グランプリ」が今回のテーマであった。

 かのように見えた。

1.
 毎年の会場であるうまい神邸に私は向かっていた。いきがけに100円ショップでボウルを三つ購入する。今回はKona-1だ。恐らく大量の粉をこねることになるだろう。走り出したら止まらない漢たちは、粉をこねるには器が必要なことなどすっかり失念しているに違いない。私なりの読みであった。

 うまい神邸に到着すると、美食アカデミー主宰のペペF、神、王の三名が私を待ち受けていた。レア食材の買い出しは既に終わっており、あとは近所のスーパーで通常食材の買い出しを行うばかりになっている。何でも食べる魔人Jも間もなく現れるということなので、しばし歓談して待つ。
 その間に私は、レア食材の確認を行った。事前の話と少し違っていたからだ。何しろ粉があまりない。二種類か三種類くらいしか見当たらなかった。代わりにその存在を高らかに主張していたのは、何かの肉塊だ。ソフトボール二つ分ほどありそうなその肉の名を、私は見た。
 ラベル。さりげなく書かれている文字は「犬肉」。

 やはりこの方向だったか。

2.  魔人Jが合流し、スーパーへと通常食材の買い出しへと向かう。今年も焼き物らしいので、とりあえず焼けそうなものをカゴへと放り込む。キャベツは高いので白菜、しめじ、もやしなど。また、F達はKona-1の方向を完全に忘れ去っていたわけではないらしく、各種の粉を使用して、皮からギョーザを作ろうという意見がここで提出された。そのための食材、ニラや豚の挽肉なども購入する。粉を使う料理には欠かせない粉の中の粉、粉の王とも言える小麦粉もここで購入された。アレがアレだったので役に立たないかと思っていたボウルも、どうやら一応役には立ちそうだ。
 スーパーにてえびHとも合流し、これより怒濤の仕込みが始まる。

3.
 心に引っ掛かっていたのは犬肉のことであった。犬は可愛いから食いたくないと言うつもりはない。多少抵抗はあるが、食うところでは食っている普通の肉だ。むしろあの塊が普通の部位かどうかが心配なのである。普段食わない肉というのは、意外なビジュアルを見せることがある。私の脳裏には、いつか扱った兎の頭が鮮やかに甦っていた。
 しかし、その不安を吹き飛ばすような新たな食材が、キッチンに増えていた。テーブルに、さっきまでに見た記憶のない袋が乗っている。見ると中には、大きな豆のような黒いものがころころと入っていた。じっくり観察して、その正体を認めた瞬間、私は思わずげっと声をあげた。
 黒いものは全て「蚕の蛹」であった。魔人Jの差し入れである。何考えとんねんと。

 皆はギョーザの皮を作るため、粉をこねにかかっていた。買って来たボウルももちろん使われている。どうやら材料を切る係は私らしい。しめじや白菜をさっと洗い、ざくざくと切って器に盛る。そして、犬肉とのファーストコンタクトを果たすのもどうやら私であった。
 肉の塊を袋から出す。部位はよく分からないがどうやら肉らしい肉のように見える。よかった。いくらか凍っているのでレンジで解凍を行う。
 解凍を進めている間に、蚕をどうするか決めることにする。魔人Jは焼いて食べるにしても茹でたらどうかと言った。恐らく買った状態で既に茹でてあるとは思うが、さらに茹でれば灰汁もきっと出ることだろう。一応火を通すこととする。もうどうでもいいやんとここで妥協しないのが我々である。割と念を入れるのだ。
 蚕係はJということになった。私はレンジの側で解凍中の肉の番だ。皿には水が溜まり、解凍は順調に進んでいるようだった。と、その時。
 異臭であった。
 やはり来たか。私はそう思った。
 蚕だ。煮立ったとたん、凄まじいスメルを発している。臭いの強烈さは前回の臭豆腐には及ばぬものの、イヤさだけを比べるならば互角とも言えるほど素敵だ。この報告を書いている今でも、何となくあの臭いがよみがえる程に。
 とにかく何とも形容しがたい臭いであった。新しい革製品の臭いに似ているようにも思うが、やはりちょっと違う。野趣溢れる虫スメル。そうとしか言い様がない。その虫スメルが、ガスレンジの周囲に強力なフィールドを形成している。離れたテーブルで作業を進めていた粉こね部隊もフィールドに足を踏み入れたが、誰もが長居することなく粉こねへと帰還して行った。
 私もどこかへ帰還したい。しかし私には帰る場所がなかった。材料をカットするまな板スペースはフィールドの中だったからだ。後戻り出来ない戦士の気持ちで、私は虫フィールドに立ち続けた。

 解凍が終わった。結構な時間がかかったが、なんとか肉塊を半分に分ける。とりあえず普通の肉と変わらないようだ。しかし順調だと思ったその時、私を驚愕が襲った。
 裏返すと気持ち悪いのだ。
 皮だった。塊の状態では内側に隠れていた部分が姿を現わしたのだ。黒いぶちぶちがついていてどうもビジュアル的にとてもアレであった。食用の犬というのはぶち犬なのだろうか。牛や豚と同じように養殖されているそうだから、もうちょっと爽やかな見た目にしてくれたらいいのに、などと思っても詮無い。私はこいつを切り分けねばならぬ。
 包丁を入れる。皮が邪魔しているようで切りにくい。ゴムのような手応えだ。しかしとにかく頑張って包丁を入れ続けた。
 ところで蚕のスメルが素晴らしすぎたので書くタイミングを失ったが、実は犬肉も結構臭い。肉というのは何肉にしろ結構臭いものだが、犬の場合羊肉の臭みとよく似た臭みを持っている。隣も臭み、正面も臭み。フィールドは最早、絶対と形容してもよいほどの力を持ち始めていた。臭いの輪舞の中、今年は仕込みからえらくエキサイティングだなと私は思った。

 犬の切り分けが何とか終了した。結構な量である。ここで私は、どうせだったら焼いて食うだけではなくスープでも作ったらどうだろうかと思い付いた。犬を食うところではスープに仕立てるという知識があったからだ。うーん、今年の私はアクティブだ。
 早速うまい神に頼んで、google先生との面会を手配した。ネットにある情報なら大抵知っている博覧強記一直線の凄い先生だ。先生に訊ねた結果、どうやら「補身湯」という犬スープが有名ということが分かった。肉にニラやら唐辛子やらを加えてことこと煮込むスープだ。これを参考にスープを作ることとする。
 ギョーザを作るためにニラは買ってあったのだが、種にするためすべて刻んでしまっていたため使用は断念。ちょうど用意できたニンニクと鷹の爪でシンプルなスープを作る。
 鍋に骨のついた犬肉とニンニク、鷹の爪を投入し、弱火で煮る。鷹の爪はたっぷり入れるものだというgoogle先生のお言葉があったので10本ほど入れた。後から後から浮かんで来る灰汁と油を一生懸命すくう。塩コショウと酒、醤油も少しずつ投入。始めのうちは非常に臭く、不安をかき立てられたが、煮込むうちに臭いも弱くなって行った。何だかまともなスープが出来そうだ。
 ここで味見である。都合上、私がここで最初に犬肉を味わう人間であった。何となく釈然としないものの、しょうがないのでスープを小皿に取り、味わう。
 うまーい。
 さすがに普通にうまい。臭みもほとんど感じない。煮込む時間はそれほど取れないのでコクは足らないが、はっきり言ってうまい。google先生さまさまである。

4.  仕込みが終了し、いよいよキッチンから会場の部屋へと移動する。この辺りでやさいサラダCも合流した。部屋ではホットプレートとそれらで焼かれるであろう食材達が準備されていた。ギョーザ部隊も頑張ったようで、大皿の上には、えらくもったりしたギョーザがたくさん乗っている。ただ不思議なのは色が三食ある点だった。白、赤、黄色。訊いてみると、どうも白は普通のギョーザで、赤は砕いたスナック菓子「暴君ハバネロ」入りギョーザ、黄色はとうもろこし粉中心の皮を用いたギョーザだという。中身も2パターンあり、一つは豚挽肉と刻んだニラ、白菜を混ぜた種、一つは豚挽肉の代わりにスパム(肉の缶詰)挽肉であった。スパムのほうはスパイシー味とかいう真っ赤なスパムであり、種自体も真っ赤に染まっていた。無茶は無茶だが、どれも食えそうなレシピではある。
 まともじゃないのはホットプレートのすぐ横に置かれている皿だった。蚕がたっぷり入っている。要するに虫が溢れた皿なのだ。犬は普通にうまいと判明した今、はっきり言って鬼門は虫であろう。

 ペペFがホットプレートに食材を乗せ始めた。しかしなぜかちょっとずつしか乗せようとしない。もやしをちょっと、白菜をちょっと、虫を一匹。大量に乗せるとインパクト満点のビジュアルになるのだが、少量だと非常に悲しい。虫の変さが際立っていた。こんな乗せ方があったのか。やはりペペFは嫌がらせの天才だった。場にいた全員が苦笑しながらホットプレートを見つめている。
 その時、ぽんという音が上がり、虫が派手に飛び上がった。
 場が一瞬凍り付く。
 何ということ、蚕というのは加熱すると飛び上がるのか。生前は飛べないただの蛹が、ホットプレートという宇宙で生を得たかのようだった。皆呆然とホットプレートを見つめる。虫、まだいっぱい残ってるのに。こいつらこれから加熱する度にぽんぽんと飛び回るのだろうか。
 いつまでも呆然としていても仕方ない。虫を食うこととする。
 こういう時に先陣を切ってくれるのは魔人「ザ・イーター」J(うまい神命名)だ。そもそもJが買って来たものであり、Jから食うというのが分かりやすい。Jは蚕をホットプレートから取り皿へ移した。
 Jが食う。あまり愉快な食い物ではないし、ぱくりと一口でいってしまうのだろうと思って見ていたら、私は自分の甘さを痛感した。Jは最も茨の道を進んだ。
 噛み切っている。虫の腹のところに歯を差し込んで半分に。正に「ザ・イーター」だった。強い。強すぎる。Jは食いちぎった断面を公開する。内部には殻を破って飛び立つのを待つばかりにまで成長した毛だらけの蚕蛾が……というのは冗談で、なんか白くてもさもさしたものが入っていた。豆腐を崩したようなもので、中心には黒い粒のような芯が見える。Jはこれを皆に確かめさせるために、わざわざこいつを食いちぎったのかも知れない。中身も分からないまま皆に蚕を食わせるわけにはいかないと。魔人なりの気遣いだ。
 そして、肝心なのは味である。ひょっとしてうまいんじゃないか。見た感じはとても気色悪いが、うまければ何とかなる。私はJの次の言葉に、淡い期待をかけた。
「まずい」
 無情にも「ザ・イーター」はそう斬り捨てた。
 ああ。虫まだいっぱい残ってるねん。バナナの皮を皮と気付かずに貪り食うお人やであんたは。あんたがまずい言うちゅうことは相当まずいんやんか。ああ。私は思いきり落胆した。
 しかしいつまでも落胆しているわけにはいかない。私も覚悟を決めて虫に手をつけることにする。私は虫嫌いだが、その原因は主として節のある脚が気色悪いというものだ。蛹だったらなんとかなる。私は箸で虫をつまむ。Jのように噛み千切る勇気はなかったので、一口で放り込み、噛む。
 口の中で虫が爆発した。味のハーモニーがエクスプロージョンでどーたらこーたら何ていう抽象的表現ではない。文字通りの爆発であった。ぷちゅうという感触と共にとろとろしたものが勢いよく吹き出たのだ。気色悪い。むしろ噛み切った方がましだったかも知れない。私は後悔しながら畳の上にぶっ倒れた。
 蚕の食感や味はさそりに近い。さそりよりも渋みがあり、もちろんうまくない。ただ、蚕とさそりを比べたところで、分かってくれる人が多分いないのが悲しい。殻は正に殻で、どうやら食えそうになく、内部の白いのを味わうものなのだろう。どっちにしてもあれだ。問題は味じゃなかった。噛んだ時のぶちゅう。ぶちゅうっと出て来るのがもう。ああ。

 ここで重大な事件が起きた。王が落ちたのだ。
 買い出しと仕込みの時はそうでもなかったが、部屋に入ってから、実は王の元気が急減速していた。毎年皆を鼓舞するように会を引っ張る人物が、買い出しのついでに買って来た健康茶なるお茶を啜っている一方だったのだ。そして、ホットプレートを囲んで騒ぐ我々をよそに、王はとうとう部屋の隅に敷かれていたマットレスに横たわり、動かなくなってしまったのだ。どうやら風気味らしく、相当調子が悪かったらしい。部屋には虫の臭みが充満しているし、それにやられてしまったのもあるだろう。ただ、動かなくなる直前、これだけは食うとつぶやき、虫をぱくりと食ったのは流石であった。

 王のいない会は寂しいものだ。王のライバルにして盟友のペペFも寂しそうだ。しかし会は続いて行く。
 作ったギョーザを焼く。虫ばかりインパクトが強くてまるでM(虫)-1グランプリのようになってしまっていたが、本来今日はK(粉)-1のはずだったのだ。ギョーザは皮が厚くて焼きにくかったがなんとか火を通し切る。三色あったギョーザだが、白は普通のギョーザに近い出来だ。問題は赤と黄色である。
 赤いギョーザは暴君ハバネロを練り込んだもの。暴君ハバネロとはご存じ、お菓子の枠を超えた辛さを持つあのスナックだ。一体どんな味になるのかと皆興味津々であったが、焼き上がったものは何のことはない、ただの暴君ハバネロであった。暴君ハバネロで肉を包み、火を通したらこうなるであろう。よく考えたら小麦粉にスナック菓子を練り込んで焼いたって、元に戻るのは自明のことだ。
 黄色はとうもろこし粉ベース。焼いて食ったがただぼそぼそしているばかりで面白味がない。固めで甘味の薄いナンみたいなものだ。西洋の昔話なんかに出て来る「とうもろこしのパン」をリアルに解釈できる能力を身に付けたことだけが収穫だった。
 ここで盟友の去ったことに衝撃を受けたか、俺昨日あんまり寝てないと呟いたかと思うと、ペペFもぱったりと寝てしまった。首謀者二人が落ちたことになる。残った人間は未開のジャングルに置き去りにされたようなものであり、かつてない展開であった。
 そんな中、魔人「ザ・イーター」Jだけが自らのペースを守っていた。やたらでかいとうもろこしギョーザを焼き上げたかと思うと取り皿の上でぱかっと開く。中に入っていたのは蚕であった。生まれたーなどと言って喜んでいる。最早次代の牽引者はJなのかもしれない。

 犬の焼肉はスープほどではないものの、そこそこうまかった。分かってくれる人はほとんどないだろうが、山羊肉によく似ている。ただ、ぶちのついた皮はどうも食えなかった。ゴムみたいなもので、とても噛み切れないのだ。こちらもちょうど山羊の皮と同じようなものだった。と、言っても、やはり分かってくれる人は少ないだろう。食べ物を別の食べ物に例える能力というのは、あまり鍛えすぎても良くないらしい。

 よく食べる二人が寝てしまったことで、食材の減るペースが極端に落ちた。犬肉も余っており、どうせだったらスープをさらに作り足そうということで私とうまい神はキッチンで犬スープの準備を始めた。先ほど作った通りにスープを煮込んでゆく。待ち時間の間、二人で熱いお茶を頂く。焼肉やらもったりしたギョーザやらで重たくなっていた胃には非常に優しかった。酒も用意されていたので交互に飲んだ。飲みながら、つれづれとうまい神の話を聞く。主な話題はLinuxについて。プログラマ気質やLinux発展のドラマに関した、小一時間程度のお説教であった。くつくつと音を立てる鍋、熱いお茶、酒、そしてお説教。まったく穏やかな時間。どうも今年はこのまま時が過ぎて行きそうだ。

 くつろいでいるところに降りてきたのはペペFだった。どうやら起きたらしい。キッチンに立つと、何やらシート状のものを取り出す。でかい。20cm×50cmくらいはあろうか。聞いてみると豚の皮だという。刻んで焼いて食うつもりのようだ。一体何で豚の皮を買おうと思ったのか。しかも焼くだけか。  ちなみに豚の皮は後で私も食ったが、ゴムのようなものでえらく食いにくかった。いくら刻もうが焼こうが一緒である。油で出来たゴムだ。山羊の皮、犬の皮と食ったが、どうも動物の皮とは一様に食いにくい。皮をおいしく頂くためには何か特別な調理が要るのかも知れない。

 さらにうまい神とスープの番をしていると、メンタイDが到着したようだった。メンタイDは大体遅れてやって来る。毎年彼女と初詣やらカウントダウンやらに行くからである。今回も彼女連れということだった。会場へ入って、きっと蚕やらをたらふく食わされていることだろう。

 会場へ戻ると、アイスクリームがあるということでそれを食うことになった。うまい王が持ってきたものだという。ご当地アイスというやつである。持ってきた本人は眠りこけているがとりあえず皆で食った。全て基本はバニラアイスで、それにご当地の味がのり、ものによっては粒状の具材が入っているというようなものであった。味は唐辛子やらなっとうやらくじらやらにんにくやらわかめやら。ろくなもんではない。これを作った人々は、我々と似ているところがある気がした。わざわざアイスにしなくてもいいところをアイスにしてしまう。

5.
 実は、会はこの辺りでお開きを迎えた。アイスを食い終わったところで参加者の半分以上が帰途についたのだ。あろうことかうまい王まで帰ってしまった。余程体調が悪かったのであろう。残ったのはペペFにうまい神、魔人J、私の四人であった。残ったものをちょこちょこ食ったり、しゃべくったりして時を過ごす。時間はもう朝であり、眠たくなった私はやがて眠った。目が覚めると昼前でJは既に帰っており、残った三人で片付けをした。豚の皮のせいか犬のせいかは分からないが、油で部屋中がつるつるしていたのが印象に残っている。
 今回は楽しかったがどうも、もう一押しに欠けていた会であった。まあこんな年もあろう。

(2005/1/4)





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