もはや、我らは老いただろうか。
 もはや、胃があの甘美な棒を受け付けぬだろうか。
 いや!
 あの冬から幾夜を超え、伝説よ、再び。


1.強襲!魔人J
 発端は魔人Jの熱望であった。
「うまい棒大会を体験してみたい」
 年末に集まっていろいろなものを楽しく食べる会・略してうまい棒の夕べ。その初めである。あの場にいたのはアルファベットのAからGまでを割り振られた漢たちであった。あの夜、ナンバーJたる魔人は確かにいなかったのだ。
 思えば魔人Jは年末の集まりにおいて素晴らしい働きを成し遂げてきた。ローション「ペペ」で作ったゼリーをずるずると平らげた。生に近い豚足を齧るとリンゴを齧った時と同じ「シャリッ」という爽やかな音のすることを発見した。なんだかよく分からない虫をたらふく食い漁った。そして「ザ・イーター」と呼ばれるまでになった。
 そんな魔人Jが、全ての発端たるうまい棒大会に参加していないのは無念であったのだろう。彼はうまい棒大会の開催を提案したというわけだった。そして、それはうまい棒王座管理委員会に承認され、遂にうまい棒大会が七年の時を経て再び開催されることとなったのだ。
 魔人Jの魂胆は明らかであった。
 ―― 王位を狙っていやがる。
 漢たちは、ことにうまい王は慄然とした。是が非でも負けられないと思ったと、うまい王は後に述懐している。

2.決戦前
 今回の会場はうまい王邸であった。うまい王は東京在住であるが、一泊の予定で大阪の実家へと戻っていた。つまり、この防衛戦のためだけにわざわざ帰阪したのである。この一戦に賭ける意気込みが、痛いほど理解できる。
 2005年8月15日夕刻。私はうまい王邸へと到着した。部屋の隅には豪快にでかい袋が鎮座している。うまい棒であった。今回は600本ほど用意したそうである。側には強力な胃薬ガスター10も置かれている。準備は万全であった。
 参加者の多くも既に集まっていたが、なぜか会場で彼らはモノポリーに興じていた。うまい王も魔人Jも混じっている。表面上は和やかであったが、魔人Jがかすかに緊張しているような印象であったのを私はよく覚えている。対してうまい王はゆったりと構えていた。王者の風格であったろうか。
 ちなみにモノポリーは、うまい王がこれでもかというほど圧勝した。

 モノポリーが終わると、楽しいおやつタイムであった。ペペFのお気に入りであるフルーチェ状のデザートや粉ジュースが幾らか用意してあり、それらを全て混合して食った。ひたすら甘かっただけであった。

 今回の参加者を挙げておこう。まずはうまい神、そしてヘタレのペペF、えびH、メンタイC、私、魔人J、うまい王である。えびHも魔人Jと同じく、うまい棒大会初体験である。メンタイCは例によってかなり遅れてくるということだったので、残りの六人が集まった時点で腹ごしらえをすることとした。決戦までは時間がある上、腹をすかせていると、うまい棒は腹に入っていかないのである。
 食事は近所のファミリーレストランでとった。前回同じようにレストランで食事をとった時、ペペFがコーンポタージュスープをたらふく飲んでコンポタ味うまい棒を食うという愚挙を犯したが、今回はそんなことはない。コーンポタージュスープがなかったからだ。
 食事中も和やかであったが、魔人Jの様子が少々おかしかった。他の人間がハンバーグセットや和膳を注文する中、魔人Jはオムライスを頼んだだけだったのだ。普通と言うなかれ。魔人Jは「ザ・イーター」なのだ。オムライスにチーズハンバーグセットを加え、締めにデザートを注文しても私は驚かない。しかし今魔人Jが頼んだのは、オムライスひと皿だった。オムライスひと皿。魔人にとっては前菜程度の量。前菜……
 その時、私は雷に打たれたような衝撃と共に全てを理解した。
 魔人Jは、コンディションを整えている。
 腹を膨らすでもなく、減らすでもなく、ベストの状態へと自分を持っていっているのだ。聞くと、部屋に置いてあったガスター10は魔人J自ら用意したものだという。いくら食ってもいいように。私は涙が出そうになった。魔人はせつないほど本気だったのだ!
 一方うまい王は普通に夏のハンバーグセットを食った。

3.戦いが始まる
 会場へと戻り、メンタイCが合流し、いよいよ戦いが始まることになった。漢たちは奮い立つ。
 まずは運命の味決めである。前回の経験から、この時が全てを決めると、漢たちは分かっている。初参加の二人も、この重要性は理解しているようだった。
 今回用意された味は七種。もちろん一人ひと味を担当する。本数は一人当り90本はあり、充分な数であった。ただし買い出し時、ペペFだけは「本数が少ない!足りなくなったらどう責任をとる積もりだ!」という風に文句を言ったそうである。

 用意された味を列挙しよう。
チキンカレー味・やさいサラダ味・キャラメル味・かばやき味・テリヤキバーガー味・コーンポタージュ味・エビマヨネーズ味、である。
 やさいサラダ味とコンポタ味以外は前回なかった味である。どれを選んではいけないかは、ほとんど予測に頼るほかない。私の分析は以下の通りであった。
 まずはコンポタ味。前回あった味だ。これは大量に襲ってくると辛いので私としては避けたい。キャラメル味は恐らくワックスがかかったように堅いものと思われ、口の中が擦り切れるのが非常に早まる可能性がある。間違いなく甘いというのも難点であった。甘味は戦士の死期を早める。触ってみたところ、かばやき味も同様にワックスがかかっているものと思われた。以上三種は避けた方が無難な味であろうと判断できた。やさいサラダ味は前回の経験上、それなりに食えるものの案外味が濃いということが判明している。テリヤキバーガー味はたまたま食った経験があり、これといって苦しくもない地味な味であった。チキンカレー味とエビマヨネーズ味が全くの未知数であり、この二種をどう解釈するかがポイントになりそうだった。しかしどうにしろ、やさいサラダ・テリヤキバーガー・カレー・エビマヨの四種から選んだ方がよいというのは確かそうである。
 味の決定は単純明解、じゃんけんで行われた。そしてこのじゃんけんで、私は何と1位を取ってしまったのである。
 結果から言うと、私はエビマヨ味を選択した。分析上、テリヤキバーガー味が最も無難そうではある。しかし全く未知の味・カレーとエビマヨが思いのほか楽である可能性があり、私はそれに賭けたのだ。カレーとエビマヨのどちらにするかという問題に関しては、個人的には「カレー味のお菓子」というものがあまり好きではなく、マヨネーズパウダーのかかったお菓子が好きという下卑た嗜好を持っていたので、どちらかを選ぶとすればエビマヨ味であった。
 さて、他の人間の選択は以下の通りである。
 じゃんけん2位・ペペFはやさいサラダ。前回あった味という安心感を取ったようだ。
 3位・メンタイCはかばやき味。Cがかばやき味を選ぼうとした時、私としては「それはワックスかかっていて堅いよ」と言うことは出来ず(誰かが特に有利になるかも知れないアドバイスは出来ない、ことに味決めでは)、やめた方がよいとそれとなく示唆したのだが、メンタイCには通じなかった。選択後に「それは堅い」と口々に言われ、メンタイCは頭を抱えていた。自爆か。
 4位・魔人Jは迷わずチキンカレーを選んだ。概ね私と同じ思考であったようだ。思えばカレー味のお菓子というのは、私は嫌いでも一般的には無難の塊的な味であり、いい選択であると思われた。
 5位・うまい神はコンポタ味。「俺はコンポタは平気だ!」と高らかに宣言しての奪取である。ちなみに今回、うまい神は王と魔人の戦いから距離を置いており、「30本でやめる」宣言も行っていた。気楽な食事の積もりであったのだろう。
 6位・うまい王はテリヤキバーガー味。残り物とはいえ、かなりいい選択であった。
 7位・えびHはキャラメル味。やはり誰もが避けた結果であった。

4.戦闘開始
 いよいよ伝説が再び始動した。漢たちはうまい棒を食べ始めた。一本、二本、順調である。今回は飲み物の摂取は自由であるため(前回飲み物を制限したのはルールでも何でもない。単に飲み物の必要量を読み違えただけである)、口の中を傷つけないよう、少しずつ飲みながら食べた。
 しかし、10本目を超えたあたりのことである。口は傷付かないのだが、私は腹に妙な違和感を覚えた。
 ―― 腹が、膨れ始めている。
 何と、10本を超えた辺りで既に腹が膨れ始めてきたのである。私だけではない。隣にいたメンタイCやえびHも似たような感じだと言った。その他の人間の動きも決して軽やかとは言えない。得体の知れない不安と戦いながら食っているようにすら見えた。やはり腹に棒が溜まり始めている。
 何ということ。前回はこんなことはなかったと記憶している。これでは碌に食えないではないか。
 老い。そんな言葉が脳裏をかすめる。思えば七年という歳月は短くない。あの頃は、みな若かったのだ……
 しかし、止まるわけにはいかない。始めたからには食うのだ。我々は精一杯の笑顔を作り、不安と戦いながらうまい棒の袋を破る。15本。いよいよはっきりと、腹が膨れ出している。20本。出来るはずだ。前回の激戦を経た者として、不様な終わり方は出来ないのだ。食わねばならぬ。だがもし駄目な時は……どうしたらいい?うまい神は30本でやめる宣言をしているのだ。頼るわけにはいかない。

 私は思った。彼がいる。「ザ・イーター」。全てを食らい尽くす魔物。王位の簒奪者。魔人Jならば……やってくれる!彼がうまい王と力一杯戦い、再び伝説を輝かせてくれるのだ。
 他の人間も同じ思いを持っていたのであろう。我々は期待を込めたまなざしで、魔人Jを見た。
 しかし、そこには意外な光景が展開されていた。

5.急逝!魔人J
 後に魔人は述懐する。「味の選択を間違えた」と。チキンカレー味はいわゆるカレーせんべいなどのカレー味スナックとは似て非なるものであった。そこに込められていたのはほんのりとしたカレー風味と、強烈な甘味だったのだ。甘いうまい棒は、数本程度ならおいしく食べられる。しかし大量となると大変な重荷となる……
 魔人Jの目が、死んでいた。
「やばい」
 魔人は一言そう言った。息が荒い。その姿を見て、私はあの男を思い出した。
 第1回大会に参加し、15本だけうまい棒を食い、そのまま忽然と姿を消した伝説の男。肉体年齢50歳の男。
 虚弱・ココアG。
 今の彼は、正にあの時のココアGと同じ姿をしていた。魔人Jよ、お前か……お前が今回のGだったのか……
 私の瞳に、先刻までの魔人の姿が浮かんでは消える。夕食をオムライス一杯で我慢した魔人。ガスター10を自ら準備した魔人。自信に満ちた表情でチキンカレー味を選び取った魔人。しかし今、魔人は顔を蒼白にし、肩で息をしている。
 魔人Jは、それでも震える手でうまい棒の袋を破ろうとした。食おうとした。しかし、どうしても手が動かない。
 もういい、もういいんだ……

 限界を超えた魔人は、そこでギブアップした。記録・26本。最下位。
 王位奪取の夢は、潰えた。

6.死屍累々
 続いて手が止まったのはペペFであった。28本目のことである。「90本じゃ足りん!」と元気に主張していたFも、前回に遥かに届かないところで限界を迎えようとしている。目が虚ろだ。時折立ち上がって軽くジャンプしたり、突然横になったりもした。7年前と全く同じである。しかし、運命の歯車が逆に回ることはないのだ。
 29本目の袋を破り、少し食ったところでペペFはギブアップした。記録・28.5本。  ギブアップ後、ペペFは厳かにトイレへと向かった。リバースである。とうに限界は超えていたのだ。0.5本こそが、Fの矜持であったろう。まあ、前回に続くブービーであり、情けないことには変わりない。大体90本じゃ足りないって言ったのはどこのどいつだ。

 えびHも直後にギブアップした。キャラメルの甘味が、彼を徐々に蝕んでいたのだ。初参加で、しかも不利な味を選んでのこの成績は讃えられるべきであろう。記録・30本。ここで特記しておきたいが、彼を止めたのはあくまでキャラメルの甘味、そして満腹感である。口が擦り切れることはなかった。飲み物が豊富な中では、必ずしも堅さが致命的な欠点とはならないのが意外であった。

 その時、ペペFがトイレから帰還した。にっこりと笑った口の周りが赤く汚れている。やめんか拭けアホという盛大な罵声が飛ぶ。そして、ペペFの帰還を見計らったように魔人Jが立ち上がった。リバース。もらいリバースではなく、本当に限界であったようだった。

 残るはメンタイC、私、うまい神、うまい王の四人だった。奇しくも第1回に参加した古の戦士たちばかりである。流石と言うべきか。しかし、うまい神を除く三人は一様に辛そうであった。私も正直辛かった。エビマヨの味はまだいい。満腹感がたまらなかったのである。七年前とは違う。飲み物も飲まずうまい棒を胃に放り込み、口の痛みでギブアップしたくなっていたあの時とは違うのだと、食いながら痛感した。

 30本でやめると言っていたうまい神は33本目まで食い、そこで意外な行動に出た。何と、チキンカレーやキャラメルを味見し始めたのだ。うまい王王座決定戦ルールによると、他味味見はその時点で戦闘終了である。うまい神は、ギブアップとはまた異なる形で自らに引導を渡した。記録・33本(+3本)。私が最も危険と分析していたコンポタ味での参加だったが、「俺は大丈夫」の言葉通り、リバースや体調不良などがなかったのはやはり神であった。

 メンタイC。自爆する勇者。彼の選んだかばやき味は堅かったが、今回は堅さが欠点とはならないと判明した。今回彼は、初めて自爆しなかったのである。かばやきという選択は間違っていなかったのである。とは言えかばやき味である。甘いのである。甘味と満腹感には勝てず、ギブアップ。記録・36本。3位は立派であった。

 ここに至って残ったのは、黙々とテリヤキバーガー味を食っていたうまい王と……なんと私であった。
 私は常に記録者であった。何かがあればとりあえず食うが、中心に出ることは好まない。記録者だからだ。そんな私が、なぜか王と覇を競おうとしている。
 勝てるわけがないではないか。だいたいキャラと違うねん。
 そんな声が頭の中で響く。だが、傍らのうまい王を見ると、もそもそと辛そうに食っている。そう、辛そうなのだ。正直私は満腹だった。しかし、食おうと思えば食えないことはない状態でもあった。それなら、勝てないまでも追い込んでやる。私はそう思った。

7.終焉
 私がギブアップしたのは45本目のことであった。もう数本食ったら、恐らくリバースが見えてくるという辺りであった。うまい王はきっちりあと1本食い、46本でこの会を締めた。曰く「ギリギリ頑張って60本くらいまではいけただろう」。やはり、王は王であった。しかし私の「多少は君を追い込めたかい」の言葉には「正直追い込まれた」と応えた。それだけで私は満足であった。
 ここにうまい王王座決定戦は終焉した。王の防衛である。この一晩のために帰阪した王者は、見事なまでに王たる所以を示した。魔人Jはこれ以上はないというほど完膚なきまでに叩きのめされたのだ。

 今回の大会は、前回と比べ軒並み本数が下がった。これを歳のせいというのは簡単であろう。いや、実際そうであったに違いない。
 だが、我々は精一杯やった。前回と同じように、限界を見たのだ。うまい棒は、戦士たちを裏切らない。激戦の記録を、下に記す。



第2回うまい棒大会(2005.8.15)
優勝  うまい王      記録・46本/テリヤキバーガー味
2位  筆者(たこやきE)  記録・45本/エビマヨネーズ味
3位  メンタイC      記録・36本/かばやき味
4位  うまい神      記録・33本(+3本)/コーンポタージュ味
5位  えびH        記録・30本/キャラメル味
6位  ペペF        記録・28.5本/やさいサラダ味
ヘタレ 魔人J        記録・26本/チキンカレー味

うまい棒総消費量 244.5本(+3本)−7名
リバース 2名
ガスター10服用 3名

(2005/8)





メールをどうぞ:akijan@akijan.sakura.ne.jp