特に企画はなかったのである。
皆それぞれに忙しく暮らしている。
準備に時間をかけ過ぎるわけにもいかないのだ。
しかしそんな中で引き出されたキーワードがある。
それは“ガム”であった。

1.
2005年12月31日。私が会場宅に着いた時、ちょうどメンバーは買い出しに出払っていていなかった。
仕方がないので傍の本棚にあったマンガを読みながら待つ。初期幽遊白書は実に面白いなあなどと連載当時の思い出に浸っていると、程なくしてメンバーが帰陣した。
メンバーはほとんどいつも通りである。うまい神、うまい王、やさいサラダD、エビE、ペペF、私。メンタイCはまた遅れて現れる。
買われてきた材料はまあ普通のものであった。鶏肉、ジャガイモ、ピーマン、ニンニク、モヤシ、マイタケなどに加え、チーズであるとか出来合いのピザ生地であるとかトマトであるとかが混じっていたので、どうやらホットプレートでピザを焼いて食う積もりなのだろう。ただ、イクラやらうどんやらも置いてあったのが少々不安ではあった。
そう、キウイはもちろんあったが最早気にならない。煮ても焼いても食えることはよく分かっている。我々の8年に渡る疾走の傍には、いつもキウイがいた。戦友(とも)である。

2.
食材の切り分けなどを済ませ、焼き始める。肉が、ジャガイモが、ピーマンが、キウイが次々とホットプレートに乗せられる。普通の焼き物だ。そこに王がピザ生地を投入しようとする。しかも王はなぜかピザ生地を四分の一の大きさに千切った。千切ってからどさどさとホットプレートに放り込む。生地を乗せてから具材を乗せるとか、そういうピザの常識は王には通用しないらしい。これがうまい王の王道である。
しかしその王道に民は付いてこない。他の人間は乗せられたピザ生地を具材の下に潜り込ませ、上に肉や生トマト、ホールトマトを乗せ、さらにチーズを乗せてこんがりと焼き上げる。うまそうだ。ペペFは工夫が足りないと感じたのかなんなのか、チーズの上からイクラの粒をつぶつぶと乗っけたりしている。
食いはじめるとメンバーの間からうまいという声が上がる。私も食ったがはっきり言ってうまかった。イクラなどは場合によってはどうしようもない生臭さを発揮し、食事の全てを破壊し尽くすのだが、今回は大して気にならない。トマトやらチーズやらにまみれたキウイがまたうまい。イタリアン的な料理というのはなかなかどうして底力のあるものなのだ。恐らくチーズが食材キラーに対してかなりの防御力を発揮するのだろう。

3.
最早ピザはうまいだけである。よく分からない食材も今回は用意されていない。イクラ恐るるに足らずというなら我々はほとんど無敵だ。王は四分の一に千切ったピザ生地を次々と投入し、王道に背く民らはその生地を具材の下に潜り込ませて焼き上げる。うまいうまい。
しかしそこで突然の革命が起こる。めんどくさがりの民たちは、何をどうしようがうまいと分かるや、もうピザとかお構いなしにホットプレートに具材を投入し出した。肉、ピーマン、トマト、ジャガイモ、ニンニク、キウイ、モヤシ、マイタケ、全てが入る。王はピザ生地を細かく千切ってぼとぼとと撒く。そこに汁気の多いホールトマトも入る。ホットプレート上が混沌の海へと徐々にメタモルフォーゼし始める。
そこでペペFが何かを感じたのだろう。混沌の海を端に寄せ、もんじゃの素を開封し、もんじゃ焼きを作り始めた(もんじゃは細かい具材が残った時便利なので、標準で購入する)。粉をホットプレートにあけ、おーいお茶を注ぎ込む。お茶でもんじゃを作ることができるというのは、長い間にメンバーが身に付けてきた知恵の一つである。とは言え、もんじゃはまだ早いだろうとメンバーは考えたのか、もんじゃの汁気が混沌の海へと侵入しないよう、ジャガイモを寄せて堰を構築する。
もちろんその堰が決壊するのは時間の問題であった。もうホットプレート上がぐちゃぐちゃでどうでもいいやという気分になるのである。整然と並んでいたジャガイモは 流れ去り、もんじゃと残りの具材は混ざる。さらに何故か購入してあったうどんが入り、ペペFが投げやり気味にイクラをぶち込む。さらにチーズが大量に乗せられる。切り餅が墓石のごとく混沌の海にそそり立つ。味の底支えをするために酒(イグアナ漬け酒)と横に置いてあったコーラをどぼどぼと注ぐ。あとはぐっちゃらぐっちゃらと混ぜ続ける……
さて、この時点でホットプレートの中がどういう具合になっていたか、想像できる方はおられるだろうか。分かりやすく言えばあれである。週末の繁華街の道端にぶちまけられているあれと全く同じ様子であった。真っ茶色だ。いろんなものを混ぜると茶色になる。これは食い物の鉄則だ。
※ちなみに限界を超えてあらゆる食材を混ぜ続けると灰色になる。

4.
だが男たちは怯まない。もう分かっているのだ。どこをどういじろうが不味くなりようのないのが、今日のホットプレートだと。程よく水分が飛んだところで男たちはその茶色いどろどろをほおばり始めた。
うまい!
普通にうまいという声が次々と上がる。普通にうまい。何と不思議な言葉だろうか。普通じゃなくうまいとは一体どういう状態なのだろうか?しかし男たちは普通とは程遠いのにうまいということの意味をよく知っている。それに比べたらこの茶色は何と普通にうまいことか。どろどろとした中に野菜やら餅やうどんの溶けたのやらが浮いている。ベースとしてチーズの味とトマトの味がそれらを包む。コーラとイグアナ酒もプラスに作用し、味に奥行きを与えている。千切って入れたピザ生地すら立派にうまい。要するにイタリアンもんじゃなのだ。イクラは熱が通って固まっている。生臭さは微塵もない。焼きタラコとほぼ同じ食感と味である。
かくして男たちは満足した。チーズや餅のおかげでお腹も足りている。はっきり言って過去最も美味しい年末の会であったろう。
ふと見るとテーブルの隅には一つの小袋が置いてある。緑色のものが詰まったそれは、もんじゃ付属の青海苔であった。そういえば今日のイタリアンもんじゃには、ジャパニーズもんじゃに入るべき青海苔は入っていなかった。青海苔とは最凶の食材の一つである。カレーに入れればカレーが青海苔味になるほどだ。これを入れればイタリアンもんじゃとて破壊されていたかも知れない。もんじゃをはじめにホットプレートで作り出したのは……Fであった。青海苔を投入しないというのは正に英断であったろう。

5.
さて、ここから第二部である。そう“ガム”だ。ガムをどうするのか?大量に買ってきて食い散らかすのか?いや、それではつまらないというものだ。やはりクリエイティブにいきたいものである。我々はこれからガムを「作る」のだ。やさいサラダDの発案だそうだ。
代用ガムというのをご存じだろうか。かのグルメマンガ「美味しんぼ」でも紹介されていた、小麦粉を使って作るというガムである。もちろん普通のガムではないのだが、何やらガムに近い物であるらしい。「美味しんぼ」によると、今ほど物が豊富ではなかった時代、手に入りづらかったガムの代用として手作りしたものということだった。味も素っ気もないただ噛むだけのものであるということだが…… 実はホットプレートの材料を仕込んでいる時に、小麦粉は練り上げられていた。食事の間にそれらは寝かされ、ガム制作に程よい状態になっていた。あとはこれを水で洗い、小麦粉を流してゆく。すると小麦粉の粘りの素であるグルテンだけが手の中に残る。これが代用ガムだ。要は生麩と同じ物なのだが、実際の生麩は餅米を混ぜるらしいので少し違う。
ラップに包まれ、小分けされたいくつかの小麦粉。握りこぶしよりひと回り小さいくらいのサイズだろうか。それらを開封する。その後流水に晒す。水は白くなって流れ落ちてゆく。それと共に小麦粉の塊は徐々に小さくなる。こうしてもう小さくならないというところまで洗ったら、ガムの出来上がりなのだ。
王、F、えびHらが、相当長い時間小麦粉を洗い続ける。そして、ついにそれは出来る。最初に小麦粉を洗い上げたのはえびHであった。

6.
「羊の脳味噌だな」
ガムを見て誰かが呟いた。そう、生白くてシワシワ。ぬっとりと濡れたその様は正に昔食った羊の脳味噌であった。ふにゃふにゃと柔らかい触感もよく似ているように思える。大きさもよく似ている。直径2、3cm程度の球だろうか。
とりあえず小さく千切って食べる。噛む。
……確かに味も素っ気もない。噛んだ感じはまあガムと言えばガムだ。ただしかなり柔らかい。そして全く味がない。いくら噛んでも味が出ない。真の無味とはこういうことだろうか。さらに口の中でまるで無くならない。所詮小麦粉で作った物だ、いずれ小さくなって飲み込めるだろうとたかをくくっていたのだが、全く甘かった。無くならない。噛み切るのにも一苦労だ。本物のガムより柔らかいのだが、切れたり分かれたりする気配はまるで無かった。味の無い塊をぐっちゃぐっちゃ噛み続けるだけ。代用ガム、伊達にガムを名乗ってはいない。

7.
苦労して小麦粉の塊たちを洗い終える。残ったのは再び握りこぶしほどの代用ガムだ。そうしてこれに味を付けるわけである。
味付け用の食材をガム生地に練り込んでゆく。男たちのクラフト魂が爆発する。 カレーパウダー、果汁100%ジュース、ピザスパイス、オイルサーディン、キウイ、あさげ、イクラ、青海苔、山椒粉……
至高のガムたちがここに誕生した。以下にその味を解説する。

カレーパウダー
筆者が作った物だ。カレーパウダーにコショーやラー油を練り込んだ。嫌に薄い辛さが持続し続ける味。
果汁100%ジュース
一瞬甘く、あとは無味。市販のガムに近い物ができるかと思ったが、そうはいかなかった。
ピザ
ピザスパイスやらピザっぽいものをぶち込んだらしい。それでも薄味だ。このグルテンというやつ、なかなか余所の味を受け付けぬらしい。
オイルサーディン
油に付けた鰯の缶詰と言ったらいいだろうか。とにかく鰯である。ペペFが身をほぐして練り込んだらしいが非常に不愉快な味がした。じゃりじゃりと生臭い。
キウイ
細かく切って練り込むわけだが、恐ろしいことにキウイはガム生地を破壊するらしい。キウイを練り込んだガムは徐々に溶け始め、さながらホラー映画に出て来るゲル上の物体であった。粉っぽくて食えたもんではない。
イクラ
クラッシャーとしてのイクラの実力が存分に発揮されたガム。ゴミ食ってる感満載。何で単独で食ったらあんなに美味しいものが、何かに混ぜるとこうなってしまうのだろうか。
あさげ
インスタント味噌汁である。ガム生地は基本的に味を練り込みにくいものらしく、何をやっても薄味になるので、うまい王が一人前分を小さな塊二つに練り込んで作った。案の定辛いだけであった。
青海苔
青海苔は強い。青海苔味としか言い様がない。
山椒粉
ある意味今回一番のヒットである。生地に砂糖と山椒粉を練り込んだもの。こう書くとゲテモノっぽいが、砂糖と山椒粉の相性は案外いい。新機軸のガムであった。うまい王作。

8.
時刻は深夜となり、ここでメンタイCが合流する。小皿にずらりと並んだ色とりどりのガム。どうやら粗方味見をしたらしいが、私はたまたまその場にいなかったので、感想はよく知らない。受動的チャレンジャーとして立派に爆沈してくれたことであろう。
その後は各々適当にガムを食す。ペペFがチョイスしたいくつかのガムをうまい王が一気に頬張ったりもした(すぐ吐き出した。イクラやオイルサーディンが混じってえらいことになったらしい)。それを見て私もブレンドガムにチャレンジしたが、割と大丈夫だった。むしろすぐに味が失せてぐっちゃぐっちゃ噛むだけの状態になったのが辛かったくらいだ。王の弱点というのはなかなか掴みにくい物である。
じゃんけん大会も行われた。我々の間でじゃんけん大会といえばうまい棒の味決めじゃんけんが白眉であるが、今回は余ったガムをまとめて頬張る権利が敗者には与えられた。結局勝負は二度に分けて行われ、負けたのはえびHにうまい神であった。二人とも山椒やらイクラやらいろいろ混じった物を食ったはずなのだが、やはり大したことはなかったようだ。味より味の失せたガムを噛み続けるのが辛いということなのである。味はいろいろだが、共通しているのはまるで満足感のないガムであるということだ。市販のガムというのは凄い物である。

その後はピザの残りを皆で焼いて食った。なぜかあったなめ茸などもぶっかけてみたが、やはり普通にうまかった。ガムも言ってみれば薄味のガムであり、それほど辛くもなかった。皆満足して帰ったものである。

食事は破壊しないに尽きる。そんなことを掴むのに8年かかった。ただ、少々寂しいのも確かだ。夏にもう一度ガツンと何かやる。ペペFはそんなことを言っていた。

(2006/1/3)

うp後追記
ガムにカレー粉を練り込んで黄色くなった指がまだ黄色いままです。




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