2006年12月31日。筆者のうまい神邸への到着は午後6時頃。それからすぐにうまい王とペペFが買い出しから帰って来た。無論この買い出しは通常食材ではなく、百貨店への「その筋の食材」買い出しである。
そして、筆者の傍に立った二人がまず取り出したのは、「粘土」であった。
って言うかそれ食材ですらない!


買い出し
この時点で集まったメンバーは神、王、ペペF、魔人J、筆者の五人である。えびHは体調不良で欠席ということなので、この五人で近くのスーパーへ通常食材の買い出しに出かける。どうせペペFが粘土以外にもしっちゃかめっちゃかなモノを用意しているはずなので、変わったものはほとんど買わない。今回の中心は鉄板ではなく鍋だなので、それに見合った食材を選んでゆく。みんなであれやこれや相談しながらカゴに野菜やら肉やらを放り込むこの時間はなかなかに楽しい。
が、この楽しい時間を放っぽって、ペペFだけは単独でスーパーを駆け回り食材を漁っていた。豆腐やうどんなど、ごく普通の品も持ってきてはいたが、その中にカレールーやコンデンスミルクが混じっている。死んだ鍋を一瞬にしてこの世に引き戻す奇跡の欠片・カレールーは分かるとして、コンデンスミルクとは……一度使ったことはあるが……さて……

美味しい鍋
鍋が始まる。てきぱきとコンロや具材がセッティングされてゆく。ベースははりはり鍋にするようだが、特にそれにこだわるわけでもないので、葱やきのこ、豚肉なども一緒に入れられる。王がなかなかの鍋奉行ぶりを発揮し、綺麗に鍋の中を整えながら具材を煮てゆく。それをみんなもりもり食べる。普通に作ったのでかなり美味しい。具材が減り、空いてしまった大皿にペペFが具材を足す。見ると、それは花だ。何やら生食用の花などを大量に買ってきたらしい。つくづくビジュアルを追求する男である。大皿が黄色と紫の菊の花で埋まる。そこにやはり食用の小さな薔薇まで撒いている。何やら偏った配置で並べているので、周りの人間も気になってあれこれ口や手を出すと、俺には俺の考えがあるのだーと一喝し、また薔薇を撒きはじめる。さすがこだわるぜ……と思ったのも束の間、飽きたと言い出して結局みんなに手伝わせる。このこだわりと飽きの早さこそが、常に大惨事のもとなのである。ペペF恐るべし。
ともかくも、煮える鍋の横に百花繚乱の極楽浄土が出現した。

調香師たち
鍋が一段落ついたところでペペFが取り出したのは香料である。これらはお菓子に香りをつけるための、文字通りの香料で、メロン、オレンジ、コーラ、チョコ、バナナ、グレープフルーツ、マツタケ、そしてなぜか乳酸が用意されていた。乳酸は全く未知の物体で、どんな臭いや味がするのかよく分からない。飲んだら激しく疲労するのだろうか。
とりあえず各自で各種香料を鍋から取った白菜などに振り掛ける。食う。
さて、香料というのは基本的にエタノールが大半で、そこに香りのエキスが溶け込んでいる。振り掛けるのはせいぜい数滴だから、エタノールはあっという間に飛んでしまい、食材には香りしかつかない。味にはまったく影響しないということである。
ところが、そこに待っていたのは恐ろしく奇妙な世界であった。白菜にコーラの香料を振り掛けると、駄菓子屋で売っているような安っぽいコーラの匂いがぷんぷん来る。そして口に入れると、とりあえず白菜の味はする。だがそれに続いて何やら砂糖水と塩水を混ぜ合わせたような気色の悪い味がうっすらとくるのである。味は変わっていないはずなのに。これはえらく苛々する。香りというのは味に大きく影響するというのはよく知られた話だが、それを身をもって知ることができたわけであった。
ちなみに破壊力の高い香りはコーラとマツタケだった。コーラは何に振りかけてもうっすらと嫌な味を作り出す。マツタケはとりあえず全部マツタケになってしまう。マツタケといえば庶民の憧れであるはずだが、どれもこれもマツタケ臭がしてくると話は別だ。白菜食ってもマツタケ、豆腐食ってもマツタケ、水菜食ってもマツタケ。はっきり言って鬱陶しいだけである。
しかし、ここにマイペースな男が一人いた。うまい神である。みんながマツタケに辟易している横で鍋の出汁を器に取り、華麗に数滴、香料を振り入れて啜っている。飲ませてもらうとこれは完全にマツタケの吸い物だ。これだけは非常に旨かった。
マツタケ香料に関してはもう一つ発見があった。会合には例年通りキウイが用意されていたが、それにマツタケ香料をかけるとキウイが溶けるのである。一滴垂らすとその部分がぽこりとへこんでいた。アルコールの影響だろうか?とりあえず今年のキウイは焼いて食べる以外の用途があった。キウイも喜んでいることだろう。
乳酸のことにも触れておこう。はじめに乳酸を使用したのはペペFであったが、豆腐にぽたぽたと振りかけて食った瞬間豪快に笑い出した。続いてそれを食ったうまい王も、魔人Jも豪快に笑っている。笑い薬でも入っているのかと思ったが実はそうではない。それは、乳酸とは何でもないことに対する笑いだった。食べ物に振り掛けるとただ酸っぱくなる。それだけなのだ。豆腐に振りかけてもただ豆腐が酸っぱくなるだけ。要するに笑うしかなかったということだった。

偽コーラ職人の朝は早い。
このあたりで遅れてきたやさいサラダDも参加し、しばらく香料でいろいろと試した。筆者は非常なコーラ好きなので、コーラ香料を使って偽コーラ作りに挑戦した。ちょうど酒類用に炭酸水を買っておいたので、それを利用することにする。まずは単純に炭酸水にコーラ香料を振り入れてそのまま飲む。
予測はしていたが、それは非常に苛つく飲み物であった。詳しく説明しよう。コーラとは非常に香りが強い。香りがなければ、ほとんどただの砂糖水と変わらないというほどにである。コーラを飲むという行為は味と同時に香りも楽しむものなのである。コーラ好きにとってあのコーラの香りは即、コーラの存在を示す強いシグナルである。
そこでこの偽コーラだ。コーラの香りを付けた炭酸水。これの入ったコップに口を付ける。すると、コーラの香りが立ち上り、鼻を刺激する。この時点でコーラ好きの胸はときめくのだ。ああ、これからコーラを飲めると幸せな気分になる。ところが、そこからコップを傾けて口に液体を入れるとそれはただの炭酸水だ。
ここでの落胆は言葉では言い表せないほどだ。コーラの香りはある。コーラはここにいるよとコップの中から声が聞こえる。それなのにコーラはない!苛つきの根本原因はここにあった。試しに炭酸水に砂糖を混ぜてみたりもしたが、結果はダメであった。コーラに含まれているのは、並の糖分量ではないのだ。
さて、ここで救いの神が登場する。メンタイCである。例年通り遅れて登場したメンタイCは何とペットボトル入りのサイダーを買ってきてくれていた。
(いける!)
筆者はピンと来た。サイダーを貰い、コーラ香料を振り入れる。コーラには果物の香りも混じっているので、メロンとオレンジの香料を一滴ずつ、そしてグレープフルーツの香料を数滴垂らす。そこに食用の着色料を足す(ペペFが買ってきていた。彼はビジュアルにこだわる男である)。赤と緑を使えば黒っぽくなるらしいので、それでコーラらしい色を出す。そして飲む。
堂々たる偽コーラの完成だった。コーラとして売られている市販のものとは違う。だが駄菓子屋で売られているコーラ味の粉ジュースとも明らかに違う。コーラっぽい炭酸飲料、新機軸の偽コーラがそこにあった。その場にいた人間達にも飲ませたが、なかなか好評であった。

鍋第二陣
メンバーも揃ったところで残っていた野菜類を切りそろえる。なぜか直径20cmほどもある蕪(葉を取り、皮を剥いただけのもの)があるのが不思議だったが、ペペFは何の迷いもなく丸ごと鍋にぶち込んだ。要するにこれをやりたかったがための蕪丸ごとということか。土鍋の中心に蕪の島が出来た。最早見慣れた光景であった。パイナップルやら肉の塊やら、我々の鍋には頻繁に島が出現する。いわばペペの島であろう。
島の周りにはたっぷりと用意してあった生花が敷き詰められた。ちょっといいビジュアルだ。花は完全に食用なので、普通にポン酢などで食べられる。菊の花は花びらが柑橘類の粒のような食感。ほのかに花の香りがする程度である。

粘土あそび
さて、ここで粘土が登場する。無論食うためにである。ただし、その粘土は油粘土や紙粘土ではない。そんなものを食ったらやばいに決まっている。ここで食うのは幼児用の小麦粘土というやつだ。主成分が小麦粉で、口に入れても害がないものである。
(※小麦粘土といってもあくまで粘土。「食用」ではありません(あたりまえ))
何色か用意されている小麦粘土を男達が一斉にこね出す。こういうことになるとなんだかんだ言って熱くなるアホどもであった。黙々と造型する。とりあえず、神が作った黄色いカレーパンマンみたいな形のものを食してみることにする。大きさはちょうど銀杏くらい。爪楊枝に刺して鍋で少々煮てからパクリ。
小麦粘土ということなので、まずはスイトンのような食感。おお、これはいけるかもしれないと思った瞬間、破綻が来た。
口に広がる粘土的な油の味。そして強烈な塩味。不味い。徹底的に不味い。繰り返しになるが、これは口に入れても害がないだけで、食べ物ではない。そして、幼児向けの粘土である。それならば……意図的に不味くしてあるのが当然なのだ。幼児が口に入れてもすぐに吐き出すように、強い塩味と油の味が付いているのである。
これはやばいと思った時はもう手後れ、というのがこの会のお約束であった。「作品」は続々と完成していた。うまい王は冬らしくかわいらしい雪だるまを作り、さっそく火を通す。シルクハットをかぶり、にんじんの鼻を付けた西洋型だったが、鍋から引き上げた時には完全に顔面崩壊の世界で、ちょっとしたグロ画像のようになっていた。雪だるまが浸かっていた部分の出汁はなぜか青ずんでいた。青色は使っていなかったので、なぜ青ずんでいたのかは定かではない。とにかく王はがっくりきていたが、それを食ってさらにがっくりきていたのは言うまでもない。
魔人Jは少々マニアックな「スプー(おねえさんバージョン)」を作っていた。なかなか出来はよい。蕪の島に乗せて、スプーが島を征服したぜなどと言ってひとしきり喜ぶと、魔人は何の容赦もなくスプーを煮えたぎる鍋にぶち込んだ。しばらく火を通すともりもりと食べる。不味そうではあったが、そのスピードは大したものである。やはり悪食においてはこやつの右に出るものはなかろう。
ペペFはまた自沈していた。色的に作りやすい苺というテーマを選んで一生懸命作っていたのだが、それがでかいのである。有名ブランド苺並のでかさだ。火を通して齧るも、まったく喉を通らない。豆粒ほどの大きさでも辛いのだ。取り皿に鎮座する赤い塊を前に、ペペFは何を思ったろう。とにかく、まったく生気のない顔をして、ずっとそれを見つめていた。

クレヨン
まだ食材は用意されていた。次にペペFが取り出したのはクレヨンである。これも幼児用で、口に入れても害のないもの。蜂の巣から取れる蜜ロウで出来ているらしい。これはもうクレヨンなので、食べると言っても齧るしかない。王とペペF、メンタイC、魔人が次々とクレヨンを齧る。カリッ、コリッという乾いた音を立てて無心にクレヨンを齧る様は、異様を通り越して感動的ですらあった。肝心の味だが、匂いも味も特に感じないものであったということだ。
更に絵の具もあった。食える絵の具(もちろん食用ではない。害がないだけ)というのがあるのは有名だが、それを食してみたいというのは魔人Jの希望であった。この際ということで本人が直々に絵の具を購入して持ってきていたのだが、これが何の下調べもせずに普通の絵の具を買ってきていた。普通の絵の具を食うのは無茶じゃないだろうか……。悪食だけあって非常に大雑把である。自然原料を使った塗料や粘土というのは主に幼児の誤飲を防ぐためであるから、対象年齢がかなり低く設定されている。Jの絵の具は対象年齢も何もない普通の絵の具で、その観点から言ってもこれは食えないものと思われた。
ところが魔人はめげない。買ってきた絵の具が食えるのかどうか急遽調べ直し、どうやら食っても害はないということが分かると、青い絵の具をクラッカーに塗ってむしゃむしゃと食べていた。味はかすかに甘いということである。しかし最も食物に馴染まないと言われる青色をわざわざ選ぶとは、酷いものである。
もちろん、他の人間は絵の具には手を付けていない。

救いのカレー
以上、芸術用の素材を味見した時間は破壊的であった。各人のテンションは徹底的に低下した。投入した時と変わらない姿で鍋の中心に座っている蕪も各人の心を打ち付ける。全然火が通らないのだ。とりあえず水で戻したタピオカなども用意されていて、鍋に投入された。以前やった魔女の釜を再現するのがペペFの考えだったらしい。
鍋は死にかけていた。粘土類の影響はほとんどなかったが、生花の影響が案外大きかった。花そのものを食った時はそんなに匂いもしなかったが、煮ていた時に匂いが溶け込んだらしい。鼻を近付けると菊の匂いがぷんぷんしていたし、花の色も出汁に溶け込んでいて、紫がかった褐色になっていた。
これはカレーの出番だった。この鍋を救えるのはカレーしかない。残りをカレーで割ると、とりあえず普通に食えるようなものになった。やはりカレー強し。我々はカレーが無いと、完全にやっていけないところまで来ている。
さて、全てが終わった後に残ったのは粘土の残り(もちろんほとんど減っていない。容器に新品同様のまま大量に残っている)と香料のビン群などである。粘土などは小さな子のいる知り合いにでもあげられればよかったが、あいにくとそんな知り合いは誰もいない。これらは全てペペFが持ち帰った。大量の荷物を抱えたペペFは、晴れた元日の陽光に照らされながら、肩を丸めていた。
今年はこんな感じである。相変わらず、ペペFは迷走している。

(2007/1/4)

追記
一つ書き落としていることがある。冒頭のコンデンスミルクで察した方も織られるかも知れないが、今年の会合にはゼリーも用意されていた。香料を利用した普通のゼリーと、かつてやった例のゼリーである。香料ゼリーの方は香りと、香りからくるほのかな味だけで、まことに味気ないものだった。糖分をかなり添加したら、普通のゼリーっぽくなってはいた。
例のゼリーについてだが、今回は前回にも増して書きづらい。材料の関係上、どう考えても18禁表現の雨あられとなるのである。多少なら構わないのだが、筆者としては雨あられまでいくのは避けたい。とりあえず、かつてやった時より数段辛かったことと、またしても魔人が悪食ぶりを発揮したこと、うまい王とペペFのミニコント的死闘が見られたことだけを書いておこう。




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