黄昏日本橋
2009年の大晦日。今年もこの日がやってきたのである。筆者がいつもの会場宅に入ったのは午後7時を過ぎていただろうか。直前、少し気が向いたので久しぶりに日本橋(規模、内容にいろいろ違いはあるが、とりあえず「大阪の秋葉原」と思っておけばそう外れていない)を散歩したのだが、それが思いのほか楽しく、会場入りが遅れたのである。大晦日夕刻の日本橋というのは、活発なような、寂しげなような、独特の表情を見せる。去り行く年を惜しむかのごとく、人々はフィギュアを買う。そう、フィギュアを買うことと年を惜しむことはちゃんと繋がるのである。その心持ちと空気感は、この日この時に日本橋へ行けば分かる。筆者もとても出来がいいトロンちゃんの小さいフィギュアとイマイチの出来に見えるワルキューレの小さいフィギュアを衝動買いした。
と、日本橋の話はこれくらいにしておこう。会場宅には漢達がもう集まっていた。筆者以外の参加者はうまい神、うまい王、やさいサラダD、ペペF、魔人J。メンタイCがあとから合流する。えびHは仕事が忙しいらしく、残念ながら今回不参加だ。
食事会の準備も進んでいた。しかし、首領格のペペFもうまい王も、筆者の顔を見るやちょっと申し訳なさそうにするのである。もしや何かとんでもないことをやらされるのでは、だから先に謝っておこうというのではないか?早呑み込みした筆者は軽くパニックになりかける。だが、よく聞いてみるとどうやら「今回の食事会はすごく普通の食材しかない」らしく、そのことを詫びているのであった。つまりこのレポートを書き辛くなるだろうという気遣いなのだ。
思えば、これまでいろいろ書いてきた。ローションで薔薇の香りのするゼリーを作ったとか、猫の餌は犬の餌より旨いとか、うまい棒を大量に食うと満腹感より上顎が擦れて皮が剥けるからその痛みが辛いとか、徹夜明けの正月一日にそういうことを書き連ねていくのはなかなかやりがいはある。しかしである。たまには世間の皆さんがお洒落なブログとかで展開している感じの、おだやかな食事会レポートを書いたってバチは当たらんはずなのである。このレポートに起伏がなくても、怒る人なんておらんのである。平和というのは尊いのである。しかしペペFも王も、普通のことしかしないと言って本気で詫びるのである。この時の筆者の心の中をなんと表現すればいいだろうか。一番近い言葉は「絶望」であったような気がする。


普通か、普通でないか
テーブルに載っている肉の大皿はなんかちょっと違っていた。聞くと、セセリ(鶏の首あたりの肉)、砂肝(なんかもろに臓器のような形をしているから多分丸ごと)、牛ハラミ、ラムスライス、頭痛くなりそうなくらい厚くてでかい豚トロ(厚み1cm、全幅3〜4cm、全長20cmくらいはある)、猪肉が載っている。肉々は大皿の上にこんもりと盛られ、さらにその上には、皮を剥かれ縦に断ち割られたキウイがごろごろと乗っていた。これらを焼肉として食べるそうだが……普通なんだろうか。味自体は癖のあるものはなさそうだし、ネズミとかトカゲみたいに普通の日本人が食うはずないものも含まれてはいないから、やはり普通か。まあ、Fや王が申し訳なさそうにするのも無理はないというのはわかる。しかし筆者自身も毎年あまりに多様なものを食い過ぎてきたため、もはや普通判定の技術に自信がなくなっている面があるのだ。ここで軽々に普通と断ずるのはやめておこうと思う。
さて、以上は肉だが、他の食材ももちろん置いてある。まず、やさいサラダDの持ってきた「ラムネ」。例の炭酸飲料だが、関西では多少知られている品だ。変わりラムネとでも言ったらいいだろうか、非常に変味のラムネであった。何しろ用意されていたのが「栗味」「たこ焼き味」「キムチ味」とくる。文字で書くとうまい棒の会と間違えそうなのが驚愕である。
あとは大量のベビーフードも置いてあった。魔人Jが昨年持ってきたものの残りだった。こういうものは長持ちするらしくまだ賞味期限すら切れていないのだそうだ。


はぼタン
ともかく穏やかに食事会は始まった。鉄板で肉が焼かれていく。羊とか混じっているのでやや獣臭い。しかし見た感じは実に旨そうだ。同時にキャベツとかキノコとかの野菜もぽんぽんと投入されてゆく。しかしそこへ不思議なものが混じっているのに気付く。どこかで見たことがあるような、ないような……それはペペFが持ってきた「葉牡丹」なのであった。でっかい葉が放射状に伸び、株の中央には紫色の葉が控えめに密集している。なるほど、今鉄板の上で焼かれているそれは、(やや小さいが)小学校や中学校の校庭の隅に植わっていたあれとまさに同じ姿形だった。
ペペFは葉牡丹を箸でいじりながら、こいつはキャベツの仲間なんだよとか言っている。ペペFは園芸が好きで、葉牡丹も育てている。今回はあまりに普通過ぎるので、ビジュアル的にパンチを効かせようと葉牡丹をわざわざ持ってきたらしい。確かにパンチはある。とりどりの食材が焼かれる鉄板に、葉牡丹が咲いているのである。思えば我々の会は鍋や鉄板に何かが咲くことが多い。
とかなんとか考えている内に葉牡丹が焼けたようで、まず魔人Jが口にする。葉っぱの一枚一枚が非常に外しにくいようだ。噛むのも噛みにくいように見える。筆者も葉っぱを貰って食べてみる。なるほど、葉はシャギシャギと繊維質でまことに食べにくい。青臭くてお世辞にも旨くないが、キャベツの仲間というだけあって食えないほど不味くもなかった。筆者はペペFに問うた。葉牡丹は焼いて食うのに向いてないみたいだね。普通はどうやって食うの、と。しかしペペFは冷たく言い放ったのである。葉牡丹が食えるわけないだろボケ、と。
確かにペペFは「葉牡丹は食用だ」と一度も言っていない。葉牡丹は食っても大丈夫であることを匂わせただけであった。この会においては「食っても大丈夫」と「食用である」ということはイコールで結びつかない。ローションだって「食っても大丈夫」なのだ。それなのに筆者は「焼肉用に家から持ってきた」「キャベツの仲間」「会の冒頭に普通に投入された」ということから、葉牡丹は普通に食うものだと思い込まされていたのだ。それは筆者のミスであった。しかしである。だからと言って「食えるわけないだろ」は酷い。天山を襲った飯塚並に酷い。しかし不意打ちを受けた筆者のショックをよそに、ペペFは楽しそうに葉牡丹の学術的な位置付けを演説し始めていた。
ちなみにこの葉牡丹、これ以後名前そのままでは呼ばれず「はぼタン」とかわいらしく命名された。葉牡丹は鉄板に乗せられないが、はぼタンならオーケーと言うことだろうか。
なお、残りのはぼタンもちゃんと焼いて食った。ちなみに食えるのは葉だけで軸は食用には適さない。もし葉牡丹を食う機会があったら注意されたし。


悲しきタレ
はぼタンはともかく、同時に焼いた肉類はどれもかなり旨かった。会は和やかな雰囲気で進んだが、ここでうまい王と魔人Jが何やら始める。会場には前述の食材達以外にもあれこれとスーパーの袋が置いてあったが、その中に入っているものを使い「焼肉のタレ」を作ろうということらしい。がさがさと音を立てながら材料を物色する王とJはとても嬉しそうだ。「エクストリーム・焼肉のタレ」を作るなどと言い瞳を輝かせている。
しかし筆者はここで告白する。これは絶対碌なことにならんとこの時点で既に確信していたことを。そしてその確信は外れはしなかったことを。
まず王はリンゴをすりおろした。1個の4分の1ほどをおろしたので結構な量になった。それを焼肉のタレ用の小鉢に移す。全部。そして……実はその後の細かい経過はあまり覚えていない。それくらいいろんなものを入れていた。まずはリンゴに蜂蜜、焼肉のタレを混合し、肉に付けて食うとかしていたようだった。これは少々甘いだろうが、特に問題なく旨いはずである。しかしその後はフルーチェが入ったり、ゆであずき(すでに砂糖で煮込まれた小豆の缶詰であんこのちょっと手前のようなもの)が入ったり、ベビーフードが入ったり、甘酒が入ったり、シナモンパウダーが入ったりレモン果汁が入ったりした。とりとめないようだが、一つ、明確な共通項がある。これらは「タレ」に成り得る素材であり、明らかな固形物は入らないという点だ。出来上がるものはちゃんと焼肉に絡むのである。彼らは妙なところで律儀なのだ。
同時に魔人JとペペFもタレ作りをしていた。ペペFがタレにコーンポタージュスープを投入しているのが印象深かった。コーンポタージュスープとF。第一回夕べからの悪縁である。
そして彼らのタレが出来上がった。全員ちょっとずつ入れたものは違うのだが、どれもどろっとしたピンク色のようなグレー色のような感じの見た目であった。混ぜたものは違うのに見た目が似る。これは経験上非常に危険なのである。しかし彼らは構わず、それを焼肉に付けて食った。
いやな沈黙であった。彼らは俯いたまま顔を上げようとはしなかった。時刻はまだ午後10時前であったはずだが、彼らを包む空間は午前3時のそれであった。筆者もタレだけ少し味わってみたが、シナモンとレモンのよく効いた甘温く塩辛酸っぱい極めて悲しいタレだった。エクストリームどころの話ではない。人の気力を奪う負のソウルフードである。こんなものを塗り付けたら焼肉は苦界に堕ちる。さらに特筆すべきは、わずかにプリント基板臭がしたことだ。このレポートを読み続けてくだすっている方ならお分かりになるだろう。何も考えず食べ物を混ぜ続けていくと到達する約束の臭い。その一歩手前に、このタレは踏み込んでいた。
ちなみにこのタレ、王達はご飯の友の海苔の佃煮を混ぜてなんとか食っていた。一般にはあまり知られていないが、海苔というのは暴君である。青海苔などは、混ぜると大抵の料理はただ「海苔味」になる。強度で言えばカレーより上。カレーに海苔を入れればそれは海苔味のカレーではなくカレー味の海苔になる。それくらいのべらぼうな強さなのだ。逆に言えば、困った時は海苔を混ぜれば緊急避難にはなる。覚えておくと役に立つことがあるかも知れない。


新生のメンタイC
ここで追加の参加者が到着した。まずはメンタイCである。例年どおりにこにこと和やかな雰囲気であったが、うまい王によるとどうやら恋人のいない期間が長くなり過ぎて「ラブプラス」というゲームを始めたらしいのである。聞いた話だが、ゲームの内容を簡単に書いておこう。「ラブプラス」とは恋愛シミュレーションのジャンルに属するゲームだ。通常、恋愛シミュレーションとは主人公が手練手管を弄して目指すヒロインを「落とす」のが目的だが、これは登場するヒロイン達が主人公(つまり、自分)を「落としにかかってくる」らしい。そしてヒロインの告白を受けるが、そこでめでたくエンディング、ではなく、ここからが本番。ヒロインとのカップルライフを楽しむパートに入るのだという。ゲームはゲーム機の時計機能と連動しており、ヒロイン達は一日の時刻はもちろん、カレンダーの日付にも応じた行動を取るらしい。このパートはエンドレスで楽しめるということである。
とまあこんなゲームなのであるが、それなりに「濃い」この会の参加者達も年齢には勝てないのか、誰もこのゲームはプレイしていなかった。ただメンタイCだけがプレイしていたのである。つまりメンタイCはこの日、我々の中でもっとも濃くなったと言って構わないだろう。
この日、ラブプラスの魅力を問われたCはこう答えた。
曰く「ラブプラスには心がある!」。
よくわかった、メンタイCよ、君は今年からラブプラCに改名だ。


王妃出座
続いてやってきたのがうまい王の嫁であった。去年書いた通り、マタギとコネクションのある大物である。なお、これも去年のレポートで触れたことだが、嫁とは比喩的な意味ではない。本当に結婚している本当の嫁だ。つまりうまい王妃である。2009年にめでたく結婚したようなので、この会は王の結婚披露食事会ということにもなるのであろう。
ところで王妃は初めは会に参加する積もりはなかったらしい。これまで我々がやってきたことを聞き、かなり恐ろしがっていたからだという。しかし今年は案外普通であるという王の情報を得て、満を辞しての御出座しとなったのである。
しかし筆者は言いたい。我々は強要をしない。えげつないことをしている年でも、食いたくない人に無理矢理食わすということはないから怖がる必要もないのだ。筆者もこの会で嫌な食べ物はいろいろと食ってきたが、その場合もレポートを書く必要上、自発的に、仕方なく、ちょっとだけ食っているケースがほとんどである。ちょっと部屋の異臭に我慢すれば、毎年まことに健全な食事会なのだ。


もんじゃよいずこ
この後はというと、もちろん残りの野菜や肉も食ったし、あとはなんだか巷でちょっと流行っているらしいごきぶりポーカーというのをやったり、カタンという外国のボードゲームをやったりして和やかに過ごし、朝に片付けをして解散した。
思えば、確かに今年は修羅場らしきものはほとんどなかった。ペペFとうまい王が「普通で申し訳ない」というテンションになったのも無理はないといえば無理はないのかも知れない。いや、でもやっぱり普通ではなかったような気も……
前述の通り、既に筆者にはその判断はつかない。しかしこの日、この会において一つの重大な変化があったのは確かだ。
例年、我々は鍋であれば最後にカレーを投入する。カレーさえ入れれば全ての味はカレーに回帰し、食いきれてしまうからだ。それと同じように鉄板の場合はもんじゃの生地を最後に投入する。ごちゃごちゃと雑多な焼き物の残骸が散る鉄板も、もんじゃを投入すればまとめておいしく食えるからだ。むろん今回ももんじゃの素は購入していた。しかし、それを使わなかったのだ。今回の会は普通だったか普通でなかったか判断が付かないと何度も書いたが、やはり普段よりは普通だったということなのかも知れない。来年はこの会ももっと普通になるのだろうか。来年こそはお洒落で穏やかな食事会レポートを書けるのだろうか。このままもんじゃは我々の前から去ってゆくのか。その答えはまだ誰も知らない。


めずらし食材レポート
最後に、本文で詳しく触れられなかった食材の味を記す。
・砂肝
丸ごとはとても火が通りにくかった。いつまで焼いても中心部付近が赤っぽい。細かくしてから焼くべき。
・ラムネ「栗味」
やさいサラダDの持ってきてくれた変わりラムネ。栗のお菓子系の甘味がする。風味としては甘栗などではなくモンブランに近いように感じられた。味は悪くない。そもそも甘いものを甘いラムネに仕立てたわけで、そうおかしくなることもないはずなのだ。
・ラムネ「たこ焼き味」
一同曰く「ジンジャーエールの味」。その通り、(濃いタイプの)ジンジャーエールに近い。「ソース風味」なので、ウスターソースのスパイシーな辛味が生姜の辛みとオーバーラップしたもののようだ。飲み物としては旨いというものでもないが、そう不味くもない。
・ラムネ「キムチ味」
不味い。
・猪肉
薄切りになっていたものを焼いて食べた。もともといい肉だったこともあり、非常に旨かった。焼いている最中は少々獣臭い(羊肉のような臭い)が、肉は臭みがほとんどなく非常に食べやすい。肉としては当然豚系だが、少し歯ごたえがあり、味も豚肉より肉らしい。まさに「野生の豚」という感じの肉であった。高級食材の風格が感じられた。

(2010/1/4)





メールをどうぞ:akijan@akijan.sakura.ne.jp