そういうわけで2010年の年末である。うまい棒の夕べは今回も恙無く開催された。もはや会はほぼ告知無しでも成立するようになっており、とりあえず大晦日に会場へ行けば何かが行われているという状態だ。恒例行事なのにもほどがあるが……しかし今年の会は一つの転機になったかもしれない。


今年のテーマ
今年の参加者はうまい神、うまい王、メンタイC、やさいサラダD、ペペF、魔人Jに筆者の7名。毎年の首謀者ペペFによると、今回は鍋。それも大変な鍋になるということだったが……
例によって近所のスーパーに買い出し。肉系の具は既に用意してあるということなので、野菜類と、鍋のつゆを重点的に買い込んだ。この時点では変わったものは何一つない。白菜、ネギ、ぶなしめじやえのきだけなどの一般的な鍋具材を買い、鍋つゆもごく一般的な「ちゃんこ用」「ごま担々鍋用」の2種を買っただけだ。鉄板ではないので、毎年のフェイバリット食材であるキウイの出番もない。
会場に戻ると、今年のテーマが発表された。出てきたのは3種のおろし器である。鬼おろしと言われる金属製の目のかなり荒いおろし金、プラスチック製の一般的なおろし金、そして薬味などをおろすぶつぶつの付いた皿。この3種だ。
いわゆるみぞれ鍋、雪見鍋というのがある。豚肉やら何やらを鍋に入れ、その上にたっぷりと大根おろしを乗っけるあれだ。今回はこれらのおろし器を使い、ああいう感じのものをやるらしい。
ただし、おろすのは大根ではない。「鍋に入るもの全て」をおろす。白菜もおろす。きのこもおろす。肉もおろす。魚もおろす。
そういうことだ。


おろす
こうして鍋の会が始まった。野菜を置いてある大皿は異様な雰囲気である。何しろ一切カットしていない白菜の葉や、ネギが一本丸ごととかが置いてあるだけなのだ……ってまあ、異様と言っても我々のいじくる食材なんて毎年異様だから、今年はやや正常な方という気もする。
どうしてこんな感じになったかというと、これから全ての食材をおろすわけだから、大きなままの方が使いやすい、むしろカットするとおろすのに難儀するから、だそうである。筋は通っているわけだ。
さて、鍋にちゃんこ鍋のつゆが満たされ、火にかけられた。その上に直接おろし金をかざし、食材をおろして中に落とし込むという手筈だ。雑である。
やがてペペFが嬉しそうに白菜の葉一枚を掴み、おろし金へ擦り付けた。ざりざりという軽快な音とともに白菜は綺麗におろされていき、鍋の中にぽとぽとと落ちる。白菜なんかおろせるのか? とはじめは思ったのだが、葉をまったく切らなかったことが慧眼だった。葉の中央に通っている軸というか芯というか、そこがおろすときの支点になり、上手くおろせたのである。ちなみにおろし白菜の見た目は緑色の大根おろしみたいなものでそれほどのインパクトはなかった。
一方、うまい王は豚肉をおろし始めた。凍らせた豚肉塊を、鬼おろしでごりごりと擦る。こちらも綺麗におろされて、肉はシャーベットみたいになって鍋の中に落ちた。と言うとなんだか珍しいもののようだが、ぶっちゃけバラバラのミンチでしかない。
ちなみに、凍らせた肉をおろし続けるという作業は大変辛い。手を滑らしたら危ないので、手や肉を何かで覆うこともできず、ただひたすら冷たいのを耐えながら、素手で肉を力一杯掴み続けることになる。当然のことながらこの作業の間、うまい王はああ冷たいと言いながら手をぶるぶる震わせていた。さながら拭き掃除中の小公女セーラである。頑張って作業しろと励ますペペFはたぶんベッキーであろう。いや、ベッキーは励ますよりむしろ励まされる方だったからうまい王の方がベッキーなのか。
その後も食材はおろされてゆく。おろせそうもないものも意地でもおろす、というのがペペFの方針らしい。そうは言っても春菊なんかはおろし切れず、おろし金になすり付けただけである程度ぐしゃぐしゃになったら鍋に放り込まれた。おろすと言うより揉むと言った方がよかろう。もやしも同じように処理された。ネギはもともと堅いので苦もなくおろすことができた。ただし外皮の部分だけはなぜか残り、ネギの抜け殻みたいなものができたのが不思議だった。
きのこも一応おろすことはできたが、さすがにおろしにくく、かなり中途半端な仕上がりになった。ぶなしめじなどはクラッシュゼリーくらいの荒さにしかおろせず、えのきはおろすというより細く裂けてしまって、最終的にえのきからヤマブシダケに変形しただけになった。
ただし、魔人Jがおろした分のきのこは全く違う形になった。彼は皿状のおろし器できのこを一本一本おろすという荒技を行い、最終的に相当量のきのこペーストを生産していた。丁寧にやればきのこといえどもちゃんとおろせるということである。最初からフードプロセッサーを使えという話でもある。
※ ただしペペFはフードプロセッサーを使ったら一様に砕けてしまい、おろし器でやったようなまちまちの荒さが出ずおいしくないはずだ、と強く主張していた。今回わざわざおろし器オンリーで食材加工したのはそのためだ。毎年そうなのだが、ノリだけでやっているようでいて一応理屈らしいものは持っているのである。


食べる
こうして鍋の中には粉々になった大量の食材が入った。鍋をやって、食べるもの全部食べて、これから締めのうどんでも入れるか、という状態の鍋を想像していただきたい。その中には残り物がちらほらと浮いているはずだが、もしその残り物が鍋いっぱいに満ちていれば、この鍋になる。最初から締めの状態なのである。
と、いうわけで、この鍋は食べる時も箸が役に立たない。おたまで掬って、器に入れて、それをずるずると啜り込む感じで食べるのである。皆一斉に器からずるずると啜っている様はなかなか壮観だったろう。去年話題を呼んだゲゲゲの鬼太郎でそういうシーンがあった気もする。ねずみ男の好物の馬糞の汁だったっけ。
なお、この鍋、味は文句なくよかった。どんなふうかというとむろん、鍋の締めに発生する残り汁の味である。まあ、おかしなものを入れていないのだから美味しいのは当たり前だった。締めでもないのに締めの味がする、という点では、それなりに存在意義というか、特徴の見出せる鍋なのかも知れない。


おろす2
続いて食材おろし第二陣が始まる。今度は海の幸だ。
まず用意されたのはあんこうだった。弁当箱くらいのサイズのプラ容器いっぱいに身が詰められている。それがカチカチに凍っているので、容器から取り出すと、四角いあんこう塊である。このあんこう塊をうまい王が鬼おろしでおろしてゆく。するとあんこうは豚肉と同じように、シャーベット状になって鍋に落ちていった。これも何のことはない、あんこうのすり身であろう。ちなみに、冷たさに苦しんだのも豚肉の時と同じで、うまい王はまた小公女セーラの掃除中みたいにかたかた震えていた。
その次に取り出されたのはあわびである。小ぶりだが殻も付いた丸ごとだ。なんと豪儀なことだろう。しかしペペFはこれも容赦なく擦りおろした。ただ、このあわびというのがなかなかおろしづらいもので、肝の部分はおろすというよりほとんどが潰すという感じになる。仕上がりはただの茶色い汁になった(グルメ番組とかで出てくる『あわびの肝のソース』の原液ということになるだろう)。そして身だが、これは大変歯ごたえのあるものなので、なかなか砕けてくれない。結果的にこちらもぐちゃぐちゃに潰して鍋に放り込むだけになった。
続いての海鮮食材は海老だったが、ここで事件が起きた。あわびを一生懸命擦っていたペペFが豪快に指を負傷したのである。当然、海老もおろせなくなった。 ……が、ここで歩みを止めるペペFではなかった。恐ろしいことにFは、ぼんやり眺めていた筆者をおろし係の後継に指名した。
筆者はこの会で中心になって作業したことはほぼない。根が粗忽だし、毎年作業する人はもうなんか手とかものすごい汚してるし、もうほんとイヤ。イヤンイヤン。それだから横でにやにやしながら眺め、あとで記録だけするポジションにおさまっているのだ。しかしこの時は筆者も観念した。それほどペペFの指が血まみれだったのである。
さて、海老というのは案外曲者で、脚などは注意しないと実によく刺さる。しっかりと掌で包み込むように海老を握り、ごりごりとおろし金でおろした。芋をおろすように……とはいかないが、それなりに安定しておろすことができた。ただし、先の冷凍肉のように細かくはならない。殻も含め、非常に荒く砕ける程度であった。まあ、砕いた海老の殻の入った料理とかもどこかにあった気がするから問題なかろう。
と、ここで海の幸は終了である。むろん筆者の手は親の仇もかくやというほど汚れた。


食べる2
鍋の中にはあんこうとあわびと海老が大量に入った。細かく砕けた身、そして海老の殻などがもりもり浮かんでいるが、それらとともににおろし切れず潰れたあわびや海老の身、あんこうの皮なども各所に散っていた。
さて、これを食べたわけだが……正直言ってあまりコメントすることはない。ただ単に美味しかっただけだからである。あわびの肝、海老の殻のだしに、前半の豚肉や野菜のだしが渾然一体となったスープ。この頃になると、完全不透明の担々鍋用つゆが投入された影響もあり、ただでさえ■ロっぽかった見た目がほぼ完全にゲ■化していたのだが、味はほんとうによかった。おろし切れなかったあんこうなどは結構な分量が形の残ったまま煮えていたのだが、そういうのも並の旨さではなかった。例年用意したものをほとんど食わないやさいサラダDがもりもり食っていたくらいだから相当なものということがわかる。
締めには買っておいたジャワカレーを投入したが、これも旨い以外に言うことはなかった。ジャワカレーのスパイシーな辛味と、複雑玄妙な風味の残り汁が絡まり、とんでもないカレーになった。なんちゅうもんを食わしてくれたんやという感じである。


終了
さて、その後はみんな満足してしまったのか、いつものゲームタイムになった。今回はしりとりとカードゲームを融合したワードバスケットとかいうゲームに興じた。ほかにゾンビから逃げまどうボードゲームとかいうのもやっていたようだが、筆者は参加していない。
そして、このあたりでメンタイCが婚約したという衝撃のニュースが一同にもたらされた。メンタイCはこの会でこそ不運キャラだが、実は実生活はかなり充実したエリート様である。いつ結婚してもおかしくないわけで、その時がついに来たということであろう。うまい王もとうに結婚しているし、次回は主要メンバー2名が既婚ということになろう。これに伴い、次回の会は、何か形が変わっている可能性がある。全く会が消滅するということはまだないだろうが、これまでのように大晦日の夕方から翌日昼まで全力疾走することはできないかも知れない。
しかし、時は流れるのである。むしろこの会がここまで十数回、ほとんど形を変えずに存続できたことが奇跡的と考えた方がいいのだろう。
夜が明けると、残りのカレーをみんなで平らげ、また少しだらだらして解散となった。解散後、うまい王、ペペF、メンタイCとともにジャンジャン横町へと赴き、串カツを食した。正月一日だというのに大変賑やかで、串カツ屋にも行列ができていた。

(2011/1/8)





メールをどうぞ:akijan@akijan.sakura.ne.jp